見出し画像

中国ではBEVの次になにがくるか

今年の年初から、中国のBEV市場は成熟期に差し掛かりつつあると予測されています。その背景には、①政府からの補助金削減による消費者の購買意欲の低下、②値下げ競争の激化による業界全体の利益率の圧迫、③国内市場の過酷な競争を回避し、輸出を通じて新たな売上と利益率を模索する動きなど、複数の要因が絡んでいます。このような状況下で、中国国内のBEVの販売成長率が鈍化するのではないかとの見方が広がっています。
こうした流れを踏まえ、特に中国のBEVメーカーやTier1に部品や消耗材への販売を生業にしている企業達は今後に備え、次なるキャッシュカウ領域の模索を進めている印象があります。私見では、その有力な候補としてはPHEV、AIGCと電気化学的エネルギー貯蔵かなと思います。


①真っ先に来ているのはPHEVブーム。
 
23年度の中国におけるEV販売台数のデータを見ると、PHEVの増加は見られたものの、BEVには到底追いつかないだろうと考え、正直PHEVの成長にはあまり期待していなかったので、PHEV向けの商品開発に取り組んでも、そこから得られる売上は限定的だろうと思っていたのです。しかし、今年2月にBYD社が発表した生産・販売速報で、PHEVの販売台数がBEVを上回ったと知ったとき、PHEVの時代が本格的に到来したと初めて実感しました。さらに、BYDは5月末に新モデル秦L DM-iを発表し、価格帯は9.98万~13.98万元でありながら、総合航続距離が2,100kmを超えているという事実は驚きです。この価格と性能により、高額なガソリン代に悩みつつも、航続距離の不安からBEVへの切り替えを躊躇していたガソリン車オーナーも、PHEVへの移行を真剣に考え始めるのではないかと自分でも納得しました。
 現に、中国のNEV市場におけるPHEVの販売比率は昨年の3割弱から今年上半期には4割にまで増加しています。こうした動向を踏まえると、車載向けの電子部品や高分子材料を提供する企業にとっても、BEVだけでなく、PHEVにも対応できる商品をいち早く開発・販売することがができれば、目先の売上の確保は安泰なんだろうと思いました。
 実際、私自身は2年前にXpengのP7を購入しました。当時、そもそもガソリン車を所有しておらず、NEVへのスイッチングに伴う物理的な負担も精神的な執着もほとんどなかったため、自動運転や自動駐車、スマートキャビンといった先進機能に強く惹かれ、購入を即決しました。しかし、現在では休日の小旅行を計画する際、航続距離への不安がどうしても拭えません。上海周辺の浙江省や江蘇省では充電インフラが充実しているものの、出発前や帰宅前に充電をしなければならない点において、多少の不便さを感じることは否めません。XpengのP7だと、1回の充電で約700kmの航続が可能ですが、BYDの新PHEVが2,100kmの航続距離を誇ると聞けば、その魅力に心が大きく動いてしまいます。
 一方、PHEVの購入ブームがどのような消費者によって形作られているのかを考えると、上記に書いてあるような都市部で躊躇していた人たちはもちろんのこと、農村部の消費者が主要な購入層で、次に寒冷地に住む方々じゃないかと思います。確かに、約2年前から中国政府は都市部のEV市場が飽和状態に達していることに気づいて、農村部での購入促進を図ることで中国全体のEV販売を伸ばそうと頑張ってきました。しかし、当時はBEVの車種が中心で、広大な土地と未整備の充電インフラが、農村部の消費者にとってBEVの航続距離に対する不安をさらに高める結果となり、期待していたほどの販売成績にはつながらなかったって話も聞いたことがあります。とはいえ、PHEVの車種が増えるにつれて、かつPHEVはBEVほどバッテリーを搭載していない分、価格も抑えられ、航続距離も長く確保できるため、農村部のニーズにうまく応えることができてきているかなと考えられます。これにより、従来はなかなか進展が見られなかった地域での市場開拓が進み、PHEVがブルーオーシャン的に成長してきたのではないかなと思います。一方、寒冷地に住む消費者にとっては、周知のことで、現在ほとんどのBEVは気温が低くなると航続距離が大幅に低下するため、PHEVのほうが安心して継続的に利用できるという点が購入の決め手になっていると考えられます。
 ちなみに、BYD社のEV乗用車の販売推移を5年スパンで見てみたら、PHEVがBEVを上回った時期が21年半ばあたりに確かにあったんですよね。両方に投資してきたからこそ、どの時代が来ても柔軟に対応できるってことかと納得しました。ただし、全部の可能性に投資するってのは、大手だからこそできることで、安定したキャッシュフローと資金力があるから成り立つことだなとも考えさせられます。簡単には真似できないかもしれないけど、やっぱり大手ならではの強さをしみじみ。

20年~24年7月BYD社EV乗用車の販売実績内訳

②次によく事業拡大の一環として検討されるのはAIGC
 ChatGPTのリリースをきっかけに、中国のテック企業も渋々ながら自社のLLMをどんどん公開しています。プロダクトの完成度はひとまず置いておくとしても、中国の大衆が予想以上に熱狂しているのはさすがに認めざるを得ないでしょう。こうしたAIGCサービスを安定して提供するには、高性能なGPUなどのハードウェアの確保と、安定した大量の電力が必要になってきます。この流れに乗って、電子部品や高分子材料を扱う企業も、中国のAIチップメーカーやクラウドサービスプロバイダーに早めにアプローチして、ニーズを聞き出しながら最適なソリューションを提案しようと動いているんじゃないでしょうか。
 ただ、ChatGPTが中国で使えないことと、中国では言論環境には一定の制約があることを考えると、AIGCに対する規制がどうなるのか、まだ不透明な部分もあります。だから、グローバル企業にとっては、限られたリソースの中で中国のAI産業にどれだけ期待して投資するか、慎重になるのも無理ないかなと思います。その一方で、アメリカや日本ではAIGCが政府レベルで推奨されているので、グローバル企業としては、むしろそちらの市場でビジネスチャンスを狙う方が現実的かもしれませんね。

  • 余談ではありますが、ChatGPTが世に出たばかりのころは「AIに仕事を奪われるのでは?」とか、「AIが悪用されて人類が危機に陥るかも」といった不安や恐怖感が広がっていたと思います。でも、今となっては実際にAIを活用して仕事を効率化できている人はそんなに多くはないというアンケート結果をしばしば見かけます。特に8月末からのNVIDIA社の株価急落は、過大評価されたAIはブームがピークに達し、一部のバブルがはじけ始めている兆候とも言われています。ところが、私自身はAIGCを日々活用している愛用者として、以下の2つの方法で効率向上とコスト削減の実現に役立てています。ひとまず共有まで。

    1. 原稿の化粧直し:私は社内外でイベントに登壇することが多いのですが、日本語だったり英語だったり中国語だったりの原稿をその都度整えるには、今まで校閲さんのサポートが必要でしたので、その分の費用も無視できません。ただChatGPTが登場してからは、自分の言いたいことをある程度言語化・整理できたら、「以下の文章をコンサルっぽく変えてください。ただ、フランクな言い方もある程度残してください」と入力すれば、日本語も英語もあっという間にいい感じの原稿が仕上がります。中国語の場合は、Kimi.ai文心一言を使っています。これでコストも削減できるし、出来上がるまでの待ち時間もかなり短縮できました。

    2. 顧客訪問前の情報整理:訪問スタイルは人それぞれですが、私は顧客の現状や課題をある程度仮説立ててから臨みたいタイプです。これまで、事前準備には多くの資料を読む時間がかかっていましたが、各種テキスト生成AIが登場してからは、訪問先の最新ニュースやIR資料を一度にダウンロードして、ChatGPTにアップロードし、「添付資料をもとに、XX企業の中国事業における最新動向と課題をまとめてください」と頼むだけで、素早く良いまとめを作ってくれます。(ちなみに、SPEEDAの最新動向で企業名をキーワードに検索すると関連ニュースを一括でダウンロードできますし、その企業の専用ページに行けばIR資料も一括に取得できます)ただし、そのままそのまとめを使って訪問がうまくいくわけではなく、その情報をもとに、企業動向の全体像を把握するのがかなり早くできるので、IR資料のどの部分を重点的に読めばよいか、どのような課題に弊社のサービスが役立ちそうかという事前準備の方向性を効率的に定めるのにとても役立っています。(ちなみに、「添付資料をもとに」という文言が重要で、Chatgptの嘘つくリスクを防げますので)

③まだ様子見段階だが、余剰発電へのソリューション提供も検討され始めている気がする

  • いうまでもなく、太陽光発電や風力発電は中国で政府と企業が協力して順調に拡大しています。統計によると、太陽光発電は66,960万kW、風力発電は45,818万kWの設備容量に達しています。しかし、せっかく発電された電力が全て利用できているわけではなく、無駄になってしまった余剰電力が問題になっています。中国ではこの余剰電力の問題をどう解決していくかはまだ試行錯誤している段階でもあります。

  • まず、余剰電力を電網に接続し、必要な場所に送電すれば良いじゃないかと考えられますが、実際にはこういった不安定な電力を電網に組み込む技術がまだ十分でないのが現実です。次に考えられるのは、大型蓄電池を大量に設置するという方法です。確かに、余剰電力を蓄えておき、需要がピークに達したときに放電することで、電力需要のピークシフトを実現し、安定した電力供給が可能になります。また、大型蓄電池には大量の電子部品や耐熱・絶縁材料が必要となるため、一見すると非常に魅力的なビジネスチャンスのように見えます。しかし、実際には中国市場では競争がすでに激化しており、大型蓄電池の過剰生産という課題もすでに浮上しているので、蓄電池の平均価格は低水準で推移しています。さらに、大型蓄電池を設置するには事前に多額の設備投資が必要で、設置スペースもかなり取られるため、運用コストが大きくなる点も無視できません。その結果、期待されていたほど大型蓄電池の需要が伸びず、生産過剰に陥っているというのが現状です。

  • じゃ、余剰電力をどう解決すればよいかというと、個人的には電気化学的エネルギー貯蔵が非常に有望だと感じています。即ち、余剰電力を使って水素やアンモニアを製造し、そのエネルギーを貯蔵するアプローチです。この水素やアンモニアは、燃料電池車への燃料供給をはじめ、石油精製や肥料製造など多岐にわたる分野で利用が可能です。つまり、エネルギーを電力としてだけではなく、他の用途にも転換できるという強みがあります。特に、京津冀地域、上海市、広東省、河北省、河南省などでは、政策レベルでも水素産業の発展が推進されているため、このアプローチは今後さらに注目されるでしょう。実際、今年6月末には、南方電網広東広州供電局が国内初の100kWの電気・水素双方向変換装置を稼働させたというニュースも出ています。こうした動向を考慮すると、電子部品や高分子材料を提供している企業の皆様も、この方向性を定点観測し、戦略的な視点で捉えていくことが重要ではないでしょうか。

最後にいち住民として、余剰電力をうまく活用し、電気料金を低く保ってほしいと切に願っています。記憶が正しければ、2022年から電力需要の増加や異常気象などの影響で電力取引価格が上昇しています。いち消費者として特に痛手に感じるのはマイカーの充電料金で、購入当初はフルチャージで50元前後だったものが、今では100元が日常となっています。さらに、安定した電力供給を確保するために民生用電力が優先され、その結果として産業用電力の単価が高く設定されていると聞きましたので、製造業のコスト増加はかなり大変な目にあった気もします。私個人でさえ費用が2倍に増加したので、製造業の皆様はさらに大変な状況に直面しているでしょう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?