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花束なんてくれてくれるな

「私は馴れ合いになっていくのが嫌だ」「俺はお互いに慣れていくほど嬉しいよ」価値観の合わない、愛おしかった人、元気にしているだろうか。

私はハタチの頃、彼氏のことがとにかく大好きだった。彼が先輩や友達と飲みに行けば次の日が仕事だろうと夜中の3時に車を出して迎えに行ったり、夜勤の彼のためにお弁当を作り0時の休憩に合わせて彼の職場に持って行ったり、まあとにかく尽くしていた。3日に1回は会わないと寂しいという彼氏に合わせて休みのほとんどを彼氏のために使ったし、何よりそれが幸せだった。彼も彼で、アパレルで働いていた私のお店に差し入れを持ってきてくれたり、夜勤明けに寝る間も惜しんで会いに来てくれたり、何でもない日に「買い物行ったら似合いそうなのあったから」と服をプレゼントしてくれたり、彼の尊敬する先輩や仲の良い友達に会わせてくれたりと、お互いがお互いを中心とした生活を過ごしていた。

彼は中学の同級生で、中学時代から私のことが好きだったらしい。付き合ったのは社会人になってからだったけど、昔から私のことを好きだったということは周りから聞いていたので、自分のことをこんなに長く愛してくれる人はもう出会えないだろうなと思って特別に感じていた。恋は盲目という言葉を体現するかの如く私は彼の全てを大好きだった。会えないのが嫌だから同棲しよう、一緒に住めばもっといろんなことを頑張れると思う、彼に言われて同棲をしようと物件も見に行った。でも、正社員ではなくバイトをしていた彼では契約者になれなくて、私の名義で契約をするしかなかった。私は父から「俺はお前と一緒になる奴は、お前のことを幸せにしたいと思ってくれる奴がいいと思ってる。お前が幸せにするという以上に。名義人がお前ってことは、何か起きた時の責任はお前にあるってことだぞ。もう一度よく考えろ。」と言われてハッとした。彼のプライドを傷つけないように同棲の話を先送りにする方法を考えながら新宿をぼーっと歩いていたら、ハーバリウムを見つけて、ひらめいた。私は後日彼に会った時、私から贈るのは初めての”何でもない日のプレゼント”としてそのハーバリウムを渡しながら「よく考えたんだけど、将来のことを考えるならちゃんと家を借りられる状態になってから同棲の話を進めたいな。これ、一緒に住む家に飾りたいなって思ったんだけど…一緒に住めるようになるまで、家に飾って持っておいてくれる?枯れないんだって。」と言った。彼は残念な気持ちと納得せざるを得ない気持ちで複雑そうな顔をしていたけど「わかった。」とこたえてくれた。それから彼が、正社員になろうとか仕事を変えようとかそういう動きを始めることはなかった。高校を卒業して以来数年続けていたコールセンターのバイトに加えて、バーのバイトをはじめると言った。「コールセンターは夜勤の仕事だけど、バーは夕方からで夜には終わるから、会える時間も増やせると思うんだ。」と言われ、いいんじゃないと答えたけど、同棲の話はどこへ行ったのだろうと思ったし、そんな思いだったらあのとき同棲しなくて良かったと思った。会える時間を増やせると言っていたけれど結局はバイト終わりはバイト仲間と飲みに行ったりしていて、ある日彼の車に積んでいた私のETCカードを勝手に使って県外まで行っていたことも、カードの明細を見て知った。「後から払おうと思ってた」と言われたけれど、お金の問題じゃなくて、会える時間が増やせるって話忘れてるよねと思ったけど、それを言わなきゃ伝わらない状況にいたたまれず私はただただ不機嫌になるだけだった。【後から払えば勝手に使っていいや】という彼の私に対する”慣れ”も嫌だったけれど、今思えば【何で言わないと分からないかな】という私の彼に対する感情も”慣れ”だった。私たちは付き合って半年でとっくに馴れ合いの関係になっていた。そこから二人の溝は開き始めた。私はアパレルから人材営業に転職して、仕事の合間にも彼からLINEが返ってこないことを気にしてしまったりする自分が嫌だったし、大変な仕事だと実感して、集中しないとやっていけないからと心を決めて彼とは別れた。

彼と付き合っている間、嫌な思いをたくさんした。多分、嫌な思いをさせたこともたくさんあったのだと思う。私たちはお互いのことを「あいつは子供だから」と思っていたところがあった。確かにすごく好き同士だったけれど、自分のことを好きなことは当たり前で、お互いの存在すら当たり前になってしまっていた。私は自分のことが大好きで健気な彼が大好きだっただけなのだと途中で気づいて、自分のことは自分で大好きでいなければダメなんだと思い知った。彼は別れた後も「結婚するならあやね(私)だな」と友人に話し続けていたらしく、男は別れた女がまだ自分のことを好きなものだと思い込んでいるとよくいうけど本当なんだなあと思った。

お互い、別れて半年が経った頃に別の人と付き合って、1年くらい経ってたまたま同じ時期に別れていた。そしてまた連絡を取り合うようになって、私が一人暮らしをはじめたタイミングから彼がよく泊まりに来るようになって、私は彼を都合の良いセフレにした。でも、私から彼に連絡をすることは無かった。正直、彼に対して憎しみに近い感情があったのだと思う。同棲をしたかったのはただ家賃を浮かせたかっただけなんじゃないかとか、ETCを勝手に使ったのは私をなめていたからじゃないかとか、別れた後も私と結婚したいと周りに言っていたのは私の気を惹くためなんじゃないかとか、そういう気持ちを消化させるために復讐をしてやりたかった。ほぼ毎週末彼から「家行っていい?」と連絡が来て、いいよと返せば彼はお酒とお菓子を買ってきてくれて、家に泊めて、ヤって、次の日の予定がなければダラダラ一緒に過ごした。もともと大好きな人だっただけあって、途中でちょっと本気で好きになりそうになったこともあった。でも、私が会いたいなと思う時に限って連絡はなくて、そういえばそういう人だったなあと思い出した。付き合っていたときも、肝心な時に会いにきてくれなかった。それは彼のせいではなく本当にタイミングが悪いのだと分かっているけど、それこそ縁が無いってことだなあと確信して、彼に気持ちが戻ったのはその一度きりだった。

そんな関係をダラダラ続けているうちに、彼の24歳の誕生日がきた。共通の友達を含めてみんなでスノボに行く予定だったけれど、私はその日の前日に好きな人との約束が入ったので朝早くからの予定は入れたくないと思って、1週間ほど前にキャンセルをした。私抜きでみんなで行くからいいだろうと思っていたけれど、スノボに行く計画自体無くなったらしく、誕生日に何も予定がないことを不憫に思った私は「誕生日、予定ないならうちこれば?」と行って彼を誘った。好きな人の家に泊まった次の日の朝、帰り道でケーキを買って帰って、彼を迎えた。もちろんプレゼントは用意していなかったけれど、夕飯にカレーも作って、「お弁当しか食べたことなかったから出来立て食べるのは初めてだね!」と言って喜んでくれた。彼が嫌いな野菜は使わず、好きなものだけを具材に入れた。私は彼を嫌いになったわけじゃない。彼のことを好きな私なんかじゃないと、私はもう子供じゃないと思い知らせたいだけだった。だから、少食なはずの彼には少し多いかなと思った量をぺろっと平らげる姿を見て、素直に嬉しかった。

彼の誕生日の3日後は私の誕生日だ。当日、おめでとうのLINEは来たけれど、その日に会うことは無かった。私は仕事だったし予定があったから誘われたとしても会えなかったけど、会おうともしていない様子にああこの感じ、これが彼だよなと思った。

1週間くらい過ぎた頃に彼がまた泊まりに来ることになって、スーパーに寄りたいからうちに来るついでに車を出して欲しいとお願いして、彼の車に乗ろうとしたら「ちょっと待って」と言って、彼は運転席を降りて後部座席から花束を取り出して「はい」と渡してきた。私は自分の誕生日のことなんてすっかり忘れていて、プロポーズだったらどうしようかと固まって(深読みしすぎ)、「え?何?なんかおめでたいことあったっけ…?」と聞くと彼は「誕生日、ケーキとか用意してくれたでしょ、お返し」と言った。私は、花をあまり好きではない。彼は”喜んで欲しい”という気持ちじゃなくて”花束を渡す俺ってかっこいい”とか思っているんだなと思ったら笑えてきた。一人暮らしをはじめて数ヶ月で花瓶なんてないよと言いたいところが、たまたまその日可愛い花瓶を見つけて大好きな桜の枝と一緒に買っていたから「え?!今日たまたま花瓶買ってたんだよね!すごすぎる、嬉しい!」と言って受け取った。それを聞いて彼は私以上に嬉しそうな顔をしていた。

私は彼が泊まって帰った後すぐに花を捨てた。花には何の罪も無いけれど、花から香る私じゃない匂いがとてつもなく不快だった。

彼は、私と別れた後、バイトをしていたコールセンターの会社で社員になっていた。でも、思い切りの悪さや自己中心的なところは変わっていなかった。バイト時代には無かった大変なことも色々とあるみたいで、何かあると「会いたい」と言って会いにきたけど、私も相談したい〜と言って会った日も気づいたら彼の相談を受けるハメになったりしていた。それでも、そもそもそんなに彼を頼りしていない私は、余裕を持って接してきた。彼もLINEで「ほんとに大人になったと思う」と言ってくれた。でもそれは、たかがセフレだったからできることだ。私には好きな人がいて、自分の力で暮らせる力があって、自分で自分を褒められるスキルも身について、彼がいなくなろうと別に構わない、だから気にならないだけだ。もし彼のことを好きで、彼が私の彼氏なら気になることはたくさんあるし、花束を喜ぶフリだってしなかった。

花を捨てて物理的に花束は消えても、私の中で束になった不快感が消えることはなくて、彼のLINEをブロック削除して、インスタもブロックした。私は、彼の中の私に興味が無くなった。彼に見下されているのが気に入らなかったけれど、彼にどう思われているかなんてどうでも良くなった。彼の車の後部座席から出てきた瞬間より、ゴミ袋に入れられてゴミ捨て場に捨てられている花の方が百倍綺麗だった。

彼が今どうしているのかは知らない。元気だといいなくらいは考える。でも、急に連絡が取れなくなった理由を考えて悶々としていればいいのにとも思う。彼の部屋には私があげたハーバリウムがまだあるらしい。彼に教えてあげたい。私はあなたにもらった花を捨てたよ、枯れない花なんてただのつくりものだよと。

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