バーンサムリ村#5
⑤
「上はそのTシャツで良いですから、下はこれを履いてください」
Maiから深緑色の化繊のキュロット状のズボンを手渡された。
リス族の男の衣装は地味である。お祭りの時などは、沢山の銀色のビーズを飾った上着を着ることはあっても、普段から派手な民族衣装を身に纏う女性に比べ、男性や子供たちは普段、今風のTシャツにこのズボン姿が多いと言う。
Maiの両親の家の前にプラスチック製の真っ赤なテーブルが置かれ、僕は一人でそこに鎮座させられていた。テーブルの上には使い古され所々凹んだアルミのボウルに、茄子や白菜や山菜や香草、生野菜が山と盛られている。また、炭火で焼かれたもの、ジャガイモやヘチマ、タケノコと一緒に煮込まれたもの、数種類の豚肉料理が並べられている。
朝、解体されたあの黒豚である。村人たちは手でちぎった野菜でナムプリックを包んで口に入れ、ご飯に野菜と豚の煮込みのスープをかけ食べ、豚肉の炭火焼を口に放り込む。家の中からMaiのお母さんが大きな器を手に出て来た。何やら黒いモノがてんこ盛りである。見ると蝉の素揚げである。お母さんは蝉の素揚げを一つ指で掴み、羽と手足を毟り取り口の中に入れ、「さぁ、アンタも食べなさい」と言った様子で僕の前に器を寄越す。「やはり来たか」と、心の中で呟く。覚悟するしかない。恐る恐る手を伸ばし、一匹を摘み上げ、お母さんを真似て羽と手足を毟り取る。お母さんがジッとこちらを見ている。目を閉じ《エイヤッ》とばかりに口の中に入れ、そして噛んだ。《クシャッ》と小さな音が口の中で弾けた。
ーうん?思うほど、変な味じゃない-
もっと、生臭い味を想像していた。進んで食べたいとは思わないが、我慢しなきゃならないほどでもない。僕はホッと胸を撫で下ろした。
気がつくと、先ほどまで横に座っていたMaiの姿がない。久しぶりの故郷、親類縁者や幼馴染みの席の間を飛び回り、さぞかし挨拶や昔話に忙しいのであろう。時折、Chanビールを手にした男衆が僕のテーブルを訪れ、少なくなった僕のグラスにビールを注ぎながら何やら話しかけて来る。僕は両手を胸の前で合わせ、村人の手を握り頭を下げ、愛想笑いとセットの「ホッファー」「ホッファー」と馬鹿の一つ覚えである。完全アゥエー状態だ。男衆の手は皆、真っ黒に日焼けし、ゴツゴツとしていた。
その時、Maiが1人の男の子を連れて戻って来た。
何度も何度もMaiから写真を見せられていたから、男の子の顔には見覚えがあった。Vinである。
Vinは両手を胸の前で合わせ、タイ語で「サワディ カップ」と言った。僕も同じ仕草と言葉を返した。