見出し画像

Mini-BESTestの評価方法とその解釈

バランス評価は、リハビリテーション現場で患者さんの動的な機能改善や転倒リスク評価に不可欠な要素です。

今回は、従来のBESTestから改良され、臨床での実用性が高いとされるMini-BESTest(Mini Balance Evaluation Systems Test)に焦点を当て、その開発背景、評価方法、信頼性・妥当性、さらには最新の研究動向までを段階的に解説していきます。

短時間で多面的な動的バランス能力を評価できるこの検査法は、従来のバランス評価法に対する有力な代替手段として注目され、さまざまな疾患や高齢者の評価において、その有用性が実証されています。

以下、Mini-BESTestの全体像を、専門的かつ分かりやすく紐解いていきます。


1. Mini-BESTestの概要

Mini-BESTest(ミニ・バランス評価システム検査)は、包括的なバランス評価法であるBESTest(Balance Evaluation Systems Test)を簡便化した短縮版のバランス検査です。BESTestはHorakらにより開発された36項目からなる詳細なバランス評価法で、バランス障害の原因となる6つの下位システム(バイオメカニクス、安定限界/垂直性、予測的姿勢調整、姿勢反応、感覚志向、歩行時安定性)を評価することを目的としていました​

pmc.ncbi.nlm.nih.gov pmc.ncbi.nlm.nih.gov

しかし、項目数が多く臨床での実施負担が大きいため、Franchignoniらは2010年に心理測定学的手法(因子分析やRasch分析)を用いてBESTestを精選し、14項目から成るMini-BESTestを開発しました​

pmc.ncbi.nlm.nih.gov pmc.ncbi.nlm.nih.gov

この新しい14項目版(Mini-BESTest)は動的バランスに焦点を当てており、10~15分程度で実施可能です​

pmc.ncbi.nlm.nih.gov

Mini-BESTestの項目はBESTestの6領域のうち4領域(予測的姿勢調整、姿勢反応、感覚志向、動的歩行)に属する内容で構成されています​

静的バランスや生体力学的要因に関する項目は省かれていますが、複数のバランス制御システムを対象にすることで、様々なバランス障害の特徴をとらえ、個々の欠損に応じたリハビリ戦略立案に役立てることが目的とされています​

Mini-BESTestは無料で利用可能な検査法であり、臨床や研究目的で自由に使用できます(商用利用時は開発者への許可が必要)​

sralab.org


2. 評価方法

評価項目と内容

Mini-BESTestは全14項目で構成され、それぞれが0~2点の3段階で評価されます​。
14項目は以下の4つのカテゴリに分類されます​

  • 予測的姿勢調整(Anticipatory) – 期待される動作に先立つ姿勢制御能力を評価する3項目:

    1. 椅子から立ち上がり(Sit to Stand) – 胸の前で腕を組んだ状態で、腕の助けを使わずに椅子から立ち上がる。正常(2点)は手を使わず一度で立ち上がれる。​

      1. geriatrictoolkit.missouri.edu

    2. つま先立ち(Rise to Toes) – 足を肩幅に開き腰に手を当て、可能な限り高く爪先立ちして3秒保持する。正常(2点)は最大高さでふらつかず3秒間保持。​

      1. geriatrictoolkit.missouri.edu

    3. 片脚立位(Stand on One Leg) – 両手を腰に当て、片脚を床から上げて可能な限り長く片脚立ちする(左右両脚それぞれ実施)。正常(2点)は20秒間以上安定して片脚支持可能。​

      1. geriatrictoolkit.missouri.edu

  • 姿勢反応(Reactive Postural Control) – 外乱に対する姿勢保持反応を評価する3項目:
    4. 前方への一歩反応(Compensatory Stepping Correction – Forward) – 前方から軽く体を押し、支えを外したときに倒れないよう一歩踏み出してバランスを保つ能力を評価。正常(2点)は大きな一歩で独立して安定を回復できる。​

    1. geriatrictoolkit.missouri.edu

  • 感覚志向(Sensory Orientation) – 視覚・足底感覚・前庭感覚を変化させた状況での平衡能力を評価する3項目:
    7. 足を揃えて立位(開眼、固い床) – 両足を揃えて床の上に立ち、30秒間静止。正常(2点)は30秒間安定保持可能。​

    1. geriatrictoolkit.missouri.edu

  • 動的歩行(Dynamic Gait) – 動的な歩行バランスと歩行中の複合課題能力を評価する5項目:
    10. 歩行速度の変更(Change in Gait Speed) – 通常速度で歩行開始し、指示に応じてできるだけ速く・できるだけゆっくり歩く。正常(2点)は指示通り速度を大きく変化させてもバランスを崩さない。​

    1. geriatrictoolkit.missouri.edu

各項目には詳細な実施手順と採点基準が定められており、検査者は被検者への指示文を読み上げ、必要に応じて実演してから評価を行います​

geriatrictoolkit.missouri.edu

たとえば項目14では、被検者に立ち上がり・歩行・方向転換・着座をできるだけ速やかに行ってもらいながら、同時に数字の逆唱を続けてもらいます​

geriatrictoolkit.missouri.edu

このようにMini-BESTestは静的な立位保持から動的な歩行、外乱への反応や認知二重課題まで、多様な状況下でのバランス能力を網羅的に評価する構成になっています。


採点基準

各項目は0点(重度障害)1点(中等度障害)2点(正常または軽度障害)の3段階で評価されます​

geriatrictoolkit.missouri.edu

原法ではBESTestで用いられていた4点法(0~3点)から冗長な区分を除去し3点法に簡素化しています​

sralab.org

2点は正常に近い遂行を示し、課題を基準どおり安定して行えた場合に与えられます。1点は課題は何とか遂行できるもののバランスの乱れや代償動作が見られた場合、0点は課題を全く遂行できないか、途中で支えがなければ転倒していたと判断される場合に与えられます​

geriatrictoolkit.missouri.edu

たとえば「椅子から立ち上がり」では腕の使用有無で採点し、手を使わず立てれば2点、手をついて立てれば1点、介助なしには立てなければ0点となります​

geriatrictoolkit.missouri.edu

14項目の合計点は28点満点です​

sralab.org

一部の項目(片脚立位と横方向ステップ反応)は左右両側それぞれを評価しますが、左右のうち低い方のスコアのみを全体得点に用います​

geriatrictoolkit.missouri.edu

そのため、項目数は実施上は16件になりますが、合計得点計算上は14件・28点満点となります。開発者らはこれに関する注意点を示しており、研究によっては左右別々に計上して32点満点と扱っている場合もあるため、結果の解釈には留意が必要です​

sralab.org geriatrictoolkit.missouri.edu

(なお、2013年のKingとHorakによる書簡で正式に「Mini-BESTestの合計点は28点であり、左右別計算はしない」と明言されています​)

geriatrictoolkit.missouri.edu


得点の解釈: 得点が高いほどバランス能力が良好であることを示します。各項目で補助具(例: 杖や歩行器)を使用した場合は、本来の能力より一段階低いスコアに減点するルールがあります​

geriatrictoolkit.missouri.edu

また検査者が身体的介助を行った場合、その項目は0点とします​

geriatrictoolkit.missouri.edu

試行回数に関する規定は項目によって異なりますが、例えば片脚立位では各脚2回まで試行し最長時間を記録、そのうち良い方の脚のタイムを基準に左右を比較し、悪い方の脚の評価を得点に採用します​

geriatrictoolkit.missouri.edu geriatrictoolkit.missouri.edu

デュアルタスクTUGでは単独TUGと二重課題TUGのタイムを比較し、二重課題で10%以上の歩行時間延長があればスコアを1点減点する、といった細かな採点指針も示されています​

geriatrictoolkit.missouri.edu

このように、Mini-BESTestの採点基準は標準化されており、検査マニュアルや訓練用のビデオも提供されています​

geriatrictoolkit.missouri.edu

検査者はマニュアルを熟読し、各基準を統一して採点することが求められます。


実施手順

検査環境と準備: Mini-BESTestを実施するには、いくつかの専用器具と安全なスペースが必要です。具体的には、厚さ10cmの中密度ウレタンフォーム(約60cm×60cm)10度の傾斜台(約60cm四方推奨)、肘掛けと車輪のない標準的な椅子肘掛けのある安定した椅子(TUGで使用する場合)、高さ23cmの箱(靴箱2個程度を重ねた高さ)、ストップウォッチ、および椅子の前方3メートルに貼るマーカー用テープが必要とされています​

sralab.org geriatrictoolkit.missouri.edu

検査は室内の安全な場所で行い、被検者には動きやすい平底の靴を履いてもらうか、靴と靴下を脱いで裸足に近い状態で受検してもらいます​

geriatrictoolkit.missouri.edu

事前に検査手順を説明し、必要に応じデモを行って被検者が理解できるようにします。特に姿勢反応(プッシュ&リリース)の項目では、検査者が後方から支え、瞬間的に支えを外す操作を行うため、十分な注意を払い安全確保に努めます。


検査の流れ:
一連の項目は概ねカテゴリ順に実施します。

一般的な流れとしては、椅子に座った状態から開始し、まず予測的姿勢調整の3項目(立ち上がり、つま先立ち、片脚立ち)を行います。
次に被検者が立位保持できる状況で、姿勢反応の3項目(前方・後方・横方向への押し出しに対するステップ反応)を実施します。
このとき検査者は被検者のそばで転倒を防ぐ体勢を取り、安全に配慮します。その後、フォームマットや傾斜台を用いた感覚志向の3項目(足を揃えた立位保持テスト)を行います。
最後に、動的歩行の5項目として歩行課題を連続的に実施します。歩行課題では、あらかじめ直線歩行できる3メートルほどのスペースを確保し、途中に障害物の箱を置きます。
歩行速度変更→頭部回旋→急旋回→障害物踏み越えの各課題を連続して評価し、最後に椅子を用いたTimed Up & Go(単独およびデュアルタスク)を行って終了します​

geriatrictoolkit.missouri.edu geriatrictoolkit.missouri.edu

ストップウォッチは片脚立位や立位保持(30秒)テスト、TUGのタイム計測に使用します。
各タスク間で必要に応じて小休止を挟みますが、検査全体は概ね10~15分で完了します​

sralab.org

検査者は各項目の指示文に従って声かけし、基準通りに評価を行います。
Mini-BESTestの実施には特別な資格は不要ですが、信頼性の高い評価を行うために事前にマニュアルや論文に目を通し、手順を訓練しておくことが推奨されています​

sralab.org


注意点: 検査中は常に被検者の安全を確保する必要があります。特に平衡を崩す課題(項目4~6)では、検査者が補助できる体勢で行い、必要に応じ複数の介助者で囲むことも検討します。また高齢者や重度のバランス障害者では、一部項目の遂行自体が困難な場合があります。その際も一度は試み、できない場合は0点として記録します。Mini-BESTestは動的で難易度の高い項目を含むため、実施不能項目が多い場合はより簡易な評価法(例えばBerg Balance Scaleなど)に切り替える判断も臨床的には必要です。しかし、可能な範囲で実施すれば患者のバランス能力の詳細な内訳が得られるため、リスクと利点を踏まえつつ検査を進めます。

3. 信頼性・妥当性

Mini-BESTestは開発以来、多くの研究で信頼性(reliability)と妥当性(validity)の検証が行われてきました。総じて、Mini-BESTestは高い信頼性を有し、他の指標との相関性や判別力も良好であることが報告されています。また、脳卒中患者、パーキンソン病患者、高齢者、前庭障害患者など様々な対象集団でその有用性が検証されています。

ここから先は

11,103字
この記事のみ ¥ 100

よろしければ応援お願いします!AI利用のための費用に使わせていただきます。また、今後の活動の励みにもなります!