にわとりと珈琲(2)
先生の右手の人差し指は欠損していた。最初にアトリエで会ったとき、先生は長机の下に両手を下げて話し続けた。最初僕は特に何も思わなったが、だんだんと、何故両手を机の下に隠しているのか、いや別に隠している訳ではなく、ただの癖なのか気になってきた。
長机の上には灰皿とタバコが置いていた。先生はヘビースモーカーだった。先生はどうもしびれが切れたらしく、机の下から両手を出しタバコを手に取った。
その時、先生の右手を見たときちょっと違和感を感じた。右手の親指が常に人差し指を覆いかぶさるようにしていたのだ。正確にいうと無い人差し指を常に庇っているみたいだった。
僕の視線に気づいたのか、先生はタバコを一口吸うと、
「僕の右手の人差し指は無いんだ」
戦後ね、昭和22、3年頃の夏休みだったかな。僕は小学生で、近所の友だちと川へカニ取りに行ったのよ。そしたら、川の縁に、あれは信管というのかな、キラキラした金属の小さな筒みたいなのが落ちていたわけ、それで、何かなあと思って、友達に見せたんだけど、友達も知らなくて、大砲の弾にしては小さいし、しかし、戦争の部品だろうとは思ったわけ。
でも、戦争も終わったし、もうこれも使用期限が終わっているだろうと思ってね、コンと先を石にあてたわけ。そうするとパンといって弾けてね、僕は気を失ったのよ。
気づいたら、家の布団に寝ていてね。どうしたんだろうといまいち思い出せなくて、ああ、そうだ川で何か爆発したんだと思い出した。
ちらと横を見ると、母親がね、白いぐるぐる巻に包帯を巻かれた僕の右手を両手で持ってね、泣いていたのよ。僕の右手を拝むように持ってね、泣いていた。
僕は眼が覚めていたけれど、じっと眼をつむって寝てるふりをしていた。
多分、母親は僕の右手の指が無くなったのを悲しんで泣いていたんだよね。まだ小学生だったし、親としては、つらいよね。
そう言ってまた、タバコを吸い、ふわりと煙を吐き出した。