その部屋を求めた話
みなさんはどんな部屋に住みたいだろうか?
白を基調とした明るくモダンな部屋?
ウッドハウスを思わせるような落ち着いた部屋?
二重窓、床暖房完備の機能性抜群で快適な部屋?
私には何年もあこがれている部屋がある。
今回は私が住みたくてたまらない部屋の話をしようと思う。
私は自他ともに認める倹約家、節約家で、俗物的な言い方をするとかなりのケチである。趣味のひとつが貯金というくらいなので、私と結婚した人はかなりの金持ちになれるだろう。
そんな私は浪費が大嫌いで、生活上でいかに無駄な出費をなくすかに使命を感じている。
一番大きな固定費はやはり「家賃」だ。
この家賃をいかに抑えるかによって、1カ月ごとにどれだけお金が貯まるか。年単位で考えれば計り知れない額をセーブすることができる。
そんなわけで私はつねに安い家賃の賃貸を探しているのだが、都内で、1K以上で、築年数は10年以内でとなると、これはなかなか安くは済まない。
※都内へのこだわりは「都民になりたい」というS県民のささやかな背伸びと思っていただきたい。
しかし私にはかねてより計画していた「プランA」があった。
それは、
を探すことである。
心理的瑕疵物件とはいわゆる事故物件だ。
私はこの事故物件で有名なサイト『大島てる』を何日も見続けた。
このサイト、「事故物件をつかまされないよう気をつけて」という注意喚起があるのだが、
残念ながら、私にはなぜ注意しなければならないのかわからない。
私は幽霊、ゾンビ、お化けの類は大嫌いだ。ゲームも映画もホラー系は最も興味がないジャンルである。そんなもの見せられたりしたら、本気で夜にトイレに行けなくなる。
しかし事故物件はべつに怖くない。なぜなら、ひとはみんな死ぬからだ。
祖父は生前こう言っていた。
「戦時中は隅田川に死体が山積みになって流れていたんだよ」
と。
怨念だの地縛霊だのがいるなら、東京大空襲で亡くなったあの10万人以上の人間の幽霊はどこへいってしまったのか。すくなくとも私は見たことはない。
歴史を振り返ると、生きている人より死んだ人の方がはるかに多いのに、幽霊話となると特定の死人ばかりが霊に仕立て上げられるのはバカらしくてしょうがない。
さて、大島てるを見る人はたいてい、まずいま住んでいる場所はどうなのか確認するだろう。私ももちろん確認した。当時居住の203号室の階上、204号室が事故物件であることを発見し、興奮したものだ。
大島てるへの不満としては、
「取り扱っている不動産屋まで載せてほしい」
というところ。それならダイレクトに不動産屋に連絡が取れるのだが。
とはいえよくよく心理的瑕疵が起こった年を見てみると、5年10年経っているところも多い。賃貸では2、3年で告知義務がなくなるので、現在は心理的瑕疵物件として取り扱っていないだろう。
結局、大島てるでは日本中あちこちに事故物件の炎が上がっていることがわかるだけで、物件探しの役には立ちそうになかった。
となれば次はインターネットの賃貸物件探しサイトだ。
もちろん、検索したいキーワード欄に
「心理的瑕疵物件」「心理的瑕疵あり」
などを記入する。
すると、多くはないがヒットする。つい都内以外のあちこちの事故物件巡りをしてしまう。
「病死」と死因が書かれたものもあれば、隠すように「心理的瑕疵あり」と載っているものもあり、不動産会社のやりにくそうな印象は否めない。
毎日のように心理的瑕疵物件を検索し続けたある日のこと。
「池袋駅徒歩10分、1DK、築20年、自転車置き場あり」
の事故物件を発見したのである!
「家賃 8万円(管理費込み)」
安い…!!
これはもう行くしかない。
今日は土曜日(私は土曜も仕事だ)。日曜の朝イチに行こう!
すぐさま不動産屋に連絡を取り、翌日曜の朝10時にアポを取った。
1DKなら今の部屋と間取りは同じ。自転車置き場にバイクを置けるか聞いてみよう。どんなふうに死んでしまった人なのかな。死後何日で発見されたのかな。ニオイは残ってないかな。さすがにニオイだけはイヤだ。シミとかついてたらどうする?まあ家具を置いて隠せばいいか。友だちには言う?言わない?言わずに招いてから真相を伝える?いやそれはフェアじゃない。ちゃんと言おう。。。zzz
翌日、軽い興奮冷めやらず嬉々として不動産屋に乗り込んだわけであるが、事前に資料をコピーしておいてくれたスタッフさんの顔色がかんばしくない。どうやら私が知らずに事故物件を選んでしまったと思ったらしい。
私は言った。
そのときのスタッフさんのえもいわれぬ表情と言ったら…
「やべぇやつ来た」
と思われたに違いない。
しかし彼もプロ。
その物件の心理的瑕疵がどのようなものかをしっかり説明してくれた。
資料によると、見つかったホトケさんはこの状態⇩
だったそうだ。
年齢や性別は明かされていない。
もちろん清掃作業は終わっているが、床と壁にシミが残っているという。
シミは想定内だ。
ぜひ見学したいと申し出たところ、すぐ当該物件を直接扱っている不動産屋に電話で確認してくれた。
池袋駅徒歩10分てめちゃくちゃ便利じゃないか。
JRもメトロも東急線も通っていて、関東はどこにでも簡単に出られる!お気に入りのバーとか見つけちゃったりして、夜飲んでも徒歩で家に帰れてしまう。英語カフェとかグローバルな出会いがいっぱいあって、今までにない経験ができるに違いない。これで私も東京都民。「へえ、都内?どこ住んでるのー?」「え、池袋だけど?」――――
「…あ~そうですかぁ(ガチャッ)。すみません、お客様、昨日入居者が決定してしまったそうで」
「…………。」
あれから3年。
あの部屋には誰が住んでいるのだろう。
手に入れそこなった未来。
だが失った代わりに得たものもある。
いま私はS県の田舎、池袋1DK8万円よりさらに破格の安さの部屋に住んでいる。