きっかけはひょんなことから

今思い返せば、小さい頃から空想が好きな子だった気がする。
何か辛いことがあって、それから逃れたいがために、というわけではなく、単純に「現実ではない何かに想いを馳せる」のが好きだったような記憶がある。
少年向けの漫画なんかは突飛な話が多い、特にジャンプ系なんかは。
憧れもあるだろうが、空想が好きという趣向は、漫画家志望というところに繋がったりするのかもしれないが、そういうわけでもなかった(というより、絵が下手クソだった)。
頭の中にしか存在していなかった空想を、文字に起こし始めたのはいつ頃だったのだろうか。

しかし、これがいまいち判然としない。
小学校5年生くらいの時に、友達と登下校の道の途中の廃材置き場を秘密基地にしていたのだが、この秘密基地から生まれる空想を日記に書き付けていた気がするが、はっきり思い出せない。
中学校2年生くらいの時に、当時スカートめくりが全校で流行っていたのだが、好きな女の子のパンツを巡る壮大なラブストーリーをツマラナイ授業中にノートに書き綴っていた気がするが、やはり思い出せない。
日記やノートなどの現物が残っていればいいのだが、当時の自分の机やら自宅の倉庫などを漁っても、出てくるのは「ハゲしいな!桜井くん」や「ゴリラーマン」などの漫画ばかり・・・(「YAWARA!」や「ドラゴンボール」などの誰もが知る有名漫画ではないところが我ながら良い)。

別に小説家になりたいなどと思っていたわけではない。
ただ、何かしらの文章を書くのが楽しいと感じていただけ。

仕事の合間を見て、懸賞サイトを見ていた。
とある冷凍食品メーカーの公募が目に付いた。
『新しく発売する炒飯商品について、思い思いの作品をご応募ください』
つまりそれは、写真でも、絵でも、レシピでも、俳句でも、小説でも、どんなものでも良いということだった。
それならば・・・と、炒飯に関する短い小説らしきものを書こうと思った。

しかし、小説なんて書いたことがない。
読むのは好きで、それなりにいろいろな小説を読んではきたが、いざ自分が書くとなるとどうしたら良いものか・・・。
心の中でうーむうーむと悩んでいたのだが、いつのまにか指が動き出し、タイピングし始めていた。
いわゆる町中華の話にしよう、と決めたわけではないが、自分の年齢や家族との関係などを踏まえて、自然と「町中華を創業した親とその子の物語」に形を成していった。
当時2018年頃、すでに町中華という言葉はあったが、いまほど持て囃されている状況ではなかったように思う。
60歳くらいのオヤジが無言で一心不乱に鍋を振るうというイメージの強い町中華に、どこか親近感と不安感(余計なお世話ではあるが)を抱いていたのかもしれない。
不思議と筆は進む。
気付くと4000字ほど書いていた。
なんとなくちょっとした物語にはなった。
公募の期限が迫っていたので、すぐに応募した。
そして結果は分からない(というか、音沙汰がないとはそういうことで)。

急ごしらえで書いた自分の処女作を、時折読み返していた。

「これ、結構いい話だな」

一人、心の中でむふふとなっていた、なんて気持ちの悪いことはもちろん誰にもいえない。
時はあっという間に過ぎるもの。
1年くらい経ち、久々にこの処女作をほっくりかえした。

「やっぱりいいね。というか、これさ、続くよね」

そう、急ごしらえのこの小説は、連続ドラマの1話目で終わっていたのだ。
考えた。

「うむ、これはちゃんと考えないと・・・いかんね」

そうして、初めてちゃんと向き合って先を考えてこの小説を完結させるべく、動き出した。
半年くらいかかっただろうか。
書いているうちに、折角書くんだからという気持ちが芽生え始めていた。

「公募に出してみよう」

別にお金が掛かる訳でもなし。
賞なんて足にも掛からなくても当たり前の世界だ。
そして、もちろん足にも掛からなかった。
当然だから屁でもない。

「ですよね」

筆が乗った。
ほかにもいろいろ書いてみよう、と思った。
まさか、この歳にして、小さい頃の「空想好き」が活きるなんて思ってもみなかった。
いろいろ書いた。
面白い。
さらに筆は乗る。
公募を探す。
応募する。
音沙汰がない。
屁でもない。

そして、2022年の始めころ、処女作である「町中華」の物語が纏まった。
何度も読み返した。

「いい話だ、泣ける」

なんて幸せな男だろう、自分が書いたものに途轍もなく感動している。
いろいろ公募を探している中で、幻冬舎ルネッサンスの「再チャレンジ」コンテストというものを見つけた。
『再チャレンジコンテストは、今までに幻冬舎ルネッサンス以外で開催をされたコンテストに応募し、惜しくも大賞に選ばれなかった作品が対象です。他のコンテストでは埋もれてしまった素晴らしい原稿を発掘することを目的としています』

「再チャレンジ・・・そうだ、確かにこれは再チャレンジだ!」

一気に鼻息が荒くなった。
ふがふがしながら、早速応募した。
しかし、妙な期待は禁物だ、というか期待ができる要素がそもそもない。
ほかの公募に応募した時と同様、無の境地で日々を過ごした。
むしろ、応募したことを忘れているかのように。

ある日、いつも通りに職場の近くで昼飯を食べ、戻り午後の仕事に打ち込んでいた。
知らない番号から電話が鳴った。
知らない番号というのはやけにドキドキする、だいたい良い話はない(そんなことはないが)。
女性の声が聞こえてきた。
幻冬舎と名乗っている、大賞に選ばれたと言っている・・・。

「へ?」

おそらく当時を振り返ると、本当にそんな一一言を返したように思う。
それくらい、数カ月経ち応募のことを忘れていたのだろう。
処女作である作品名をもう一度言ってくれたことで、ようやく理解をした。

「えぇぇぇぇぇーーーーーーッッッ!!!!!!!」

これはかなり誇張しているが(なにせ仕事中ですから)、心の中では本当にこんな感じの驚き具合であった。
そう、わたしが応募した「オヤジのチャーハン」という記念すべき処女作品が幻冬舎ルネッサンスの「再チャレンジ」コンテストで大賞に選ばれたのだ。
天地がひっくり返ったかと思った。
いや、天地はひっくり返ったのかもしれないと思った。
何にせよ、これは事実であるということが改めて電話口の担当の女性から伝えられた。
音沙汰があるというのは、ここまでのインパクトがあったのか。
恐ろしい。
いや、嬉しい。
「ゴリラーマン」を読んでいた小学生の自分に報告してあげたいと思った。

「君、あんたが書いた小説がね、将来大賞を取るよ」

「それは何、『ゴリラーマン』みたいな話なの?」

案外、わざわざ報告なんてしない方がいいのかもしれない。
どうせ、想像なんてできっこないんだから。


#想像していなかった未来

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