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バンドマンに恋煩い【1】
iyamori(スナック)
***
「来たよ〜」と、にこやかに軽い調子でその人は店の扉を開けてひょっこりさんした。
思い出した!
そうそうこんな感じ。
こんな顔だった こんな雰囲気だった 笑 と、yamoの心はすぐに踊った。
扇子を軽くパタつかせていた。
身長は175くらいだろうか。
良い色に焼けている肌。中肉中背。若干猫背。ムダに鍛えているという感じは無いが、弱そうには決して見えない。どこか特徴的な声と、人好きのする笑顔。
***
きゃっ!「いらっしゃいませ〜ホントに来てくれた嬉しいーーーっ!」と、
その男性客をカウンター越しに大きな身振りで中へ中へと招き入れた。
あの瞬間のyamoの笑顔はきっと超特大天下一品だったんじゃないかなと思う。
少なくとも、店のどんな常連さんにも、どんな上客にも向けたことが無い笑顔だったはずだ。
自信ある。
時間は、夜(もちろん)の19:30を少し過ぎていただろうか。
お客様が居ない店内で、ママとyamoがどうでもいい化粧品の話しをしている時だった。
「ママはさ〜肌がキレイですよね」
「yamoちゃんだってキレイじゃないうふふふ」
「何かやっぱりとんでもなくお高い化粧水とか使うんですか?」
「ぷっ使わない使わないニベアよ」
「ええ!!ニベア?」
ニベアって顔に塗っていいのか?
ニベアってあのニベア?と、そこへひょっこりさん。
「来たよ〜」
***
「うっきゃああああ〜〜」ニベアはどこかへ飛んだ。
「ホントに来てくれた〜嬉しい〜どうぞどうぞ奥へ奥へ」
「来たよ来たよ来ちゃったよ」
「嬉しい嬉しい〜ホントに来ちゃった〜」(何度目だ)
「ママ紹介しますね」
「はい初めまして〜ママです〜(笑顔)」
「この方はトールさん(仮)です。
バンドマンでこの間ここに来てくれたピーチさん(仮)のご友人です」
「あ、今夜はピーチさんは残念だったわね〜トールさんはよくおいでくださいました〜楽しんでください〜(めっちゃ笑顔)」
***
だいぶそこから何十分もyamoは浮かれポンチだった。
浮かれポンチのyamoのお喋りはもうこの辺で止めさせたいママが、バンドマンのトールちゃんの歌が聞きたいわ〜なんて言い出した。
いつもそう。
お客様に仕事の話しとか趣味の話しとか、yamo的には良い感じで盛り上がってきたような気がしている時にママは飽きちゃうのか、「歌って〜」と言い出す。
あ、、ちょっとはしゃぎ過ぎたなマズいなと、yamoは反省した。
そしてお客様の心の声が勝手に聞こえてきた。
もちろん歌うのはやぶさかじゃありませんよ。
なんならぶちかましに来た(俺の歌唱力を)んですけどね?
でもそれはまだ早くないですか?
的な。
で、歌わない。ぷぷ
浮かれポンチのyamoのお喋りにしぶしぶ乗る格好で、「え?で?じゃあ結局トールちゃん(仮)はピーチさん(仮)とはどういうお友達なの?」と、ママ。
***
yamoははしゃいでいた。
お店に来てくれたお客様を前にこんなに喋りまくるyamoをママは見たことが無い。
➡︎なぜかママ目線。
乾き物を用意してお客様にどうぞと差し出すyamoの手は震えていた。
やだ手が、、と、震えてしまっていることをお客様に見られて必死に出したセリフが
「へへ」だった。
驚いたふうのお客様の表情だけを認識して、とにかくいらっしゃいませばかり繰り返した。
他のお客様よりおせんべいが1枚多かったかなとか、不自然に喋り過ぎてるよなとかと考えながら、ママの機嫌も気になってどうにかなりそうだった。
いわゆる本物の浮かれポンチだったんだろうなと思う。
顔が赤くなってることが、店の暗さでお客様にもママにもバレてなければいいなと思っていた。
***
「ピーチさんのボトル何か無いの?」
瓶ビールを2本あけたところでお客様がこそっと聞いてきた。
「何言ってんの。あるわけないじゃん」
「なんだ、、」
「、、!!え?あれ?ああああ!!(そんなこともお互い知らない)あの人湯河原の人なのよ」
「えええっ!マジっすか」
「そうなのよ。湯河原なの。ここの近所だと思った?なんならトールちゃんより遠いかも 笑」ここ(yamo)は横浜市。
「え?トールちゃんはどこから来てくれたの?近く?」(ママ)
「いや、近くではない、、です」
「ね。よく来てくれたな〜って思っています。乾杯〜」
「いや〜あざ〜〜あっす♫」これこれこの軽さ♫
「え?どこ?だから」(ママ)
「あ、、え、、っと、(やっぱ言うの?)ちばってごぞんじですか?」
ちばはちばだろ 笑
ごぞんじですか 笑
「知ってるわよ」(ママ)
「は、あ、えっと、、そこです、、」
トールちゃんが、アレ?という顔をyamoに向ける。
ホントに「アレ?」だ。
なんで千葉から来たというお客様に不機嫌なのか、ママは。
不機嫌というか何か考えている様子だ。
そういう時のママがyamoは少しいつも怖い。
たぶんトールちゃんも怖いな〜と思っていたんだと思う。
知ってるわよってなんだよ。
謎。
千葉からわざわざ来たということを言いにくそうに言うお客様も謎と言えば謎だけどな。
だからなんだ。
***
ここから遡ること1ヶ月前。6月。
ピーチさんに誘われてyamoは1泊2日でLIVEイベントに行った。
そのイベント先が千葉県木更津市だった。
木更津の古いけど大きめのホテル。
パーティーフロアを舞台として設置していた。
照明とミラーボールがキラキラしている中でビュッフェ形式でお料理とアルコールもジュースも飲み放題。
生歌と生バンドの音楽を聞きながら食べましょう飲みましょう♫というイベントだった。
とは言え、ピーチさんの誘いじゃなかったら絶対にタダでも参加しないような、yamoの中では完全に異文化の世界だった。自分とは縁が無い世界というくくり。
興味が無い世界。
歌って踊ろう???ってどんな?
アルコールが飲めないし飲みたくないyamoは、「飲み放題」という文言になんの魅力も感じない。「食べ放題」も同じ。
アレ、自分で取りに行くことが楽しいって人居るけど、yamoはそれも割と億劫。
そんなこんなでとにかくそういう場所にyamoはその日居た。
でも嫌々では決して無い。
むしろ楽しかった。歌も音楽も知らない曲ばかりだったけど、でも楽しかった。スキンヘッドの小さい歌手の男性にみなさん踊ってください♫言われてイスから立ち上がって踊った。あり得ない体験だった。それを楽しいと思っている自分が意外だった。
そして結果的にその日は、yamo史上人生で1番笑ったんじゃないかっていうくらい笑った日になった。
***
二次会に行くよ〜なんて言われて断れずに、なぜか会費まで払って二次会に行った。
そこはちょっと不満だった。
断れない自分が嫌だった。
飲めないyamoはどんな飲み会も義理と人情で付き合っても一次会で帰ってしまっていた。もう一件もう一件と言う酔っ払い(同僚や上司)にお金と時間を払って付き合うことが苦痛だった。
そういう場所で楽しいと思えたことが無かった。
のに、断れない。ちっ、バカyamo。
でも、ピーチさんの酔いっぷりはちょっと心配だった。
なんとなくピーチさんは周囲を巻き込む威力がすごい人なのだ。
その人が機嫌良く「yamo〜行くよ〜」なんていうふうに腕を組まれると、いいよ!行こう!という気になってしまう。
とは言え、二次会も言うほど嫌じゃなかった。
むしろ二時会場に居た人たちは全員演者さん達だったから、yamoとピーチさんだけが部外者みたいな空気なのには驚いた。
ピーチさんのお連れ様のyamoだった。
行ったら食べるものも飲むものも無い(もう終わろうというタイミングだったのかも)ところから、カラオケを皆さんが順番に歌ってくれた。しかも、英語とイタリア語の歌だった。知らない曲でも上手い人のそれは聞いていられるんだな〜と気づかせてもらった。小さいスキンヘッドの歌手の男性はスペインというスペイン語かどうか分からない曲を歌っていた。早口半端ないやつ。完璧でビックリした。
今思えば、あれはつまんなそうにしているピーチさんのお連れ様へのサービスだったのかもな〜と思ったりする。
そんなわけないけれど、そうだったらすごいファンサービス精神。
歌が上手いってすごいな〜と、(スミマセン浅い感想ですが)おおいに感動していた。
スナックでバイトしながら習得した、イエーイだのヒューヒューだの最高ーーだのという拍手喝采も実に自然に出来たし、それをやることでこっち側というより、歌っている人が気持ちよくなっていくことがyamoには伝わってきて楽しかった。
歌が上手いって世界が違って見えるんだろうな〜。
すごいな〜。気持ち良かろうな〜。
で、更にそこから、なぜかラーメン屋に行こう〜という流れになる。
えええ〜行きません〜とyamoは一旦は断った。もう充分付き合ったぞと思っている。
するとピーチさんが、じゃあピーチも行かない〜と言い出した。
yamoちゃんが行かないならピーチも行〜かないっ(むふ)と言う。
とてもかわい子ぶって言う。
絶対かわいくないけど。
うそ。
いやウソじゃない。
どっちでもいいか。
で、結局、結果、行く。
行ったら、そこのラーメン屋さんに先に居て、お友達と飲んでたのがトールちゃんだったというわけ。
(長かったな)笑
ここでトールちゃん登場〜〜♫
ラーメン屋さんで、パリッとはしていないTシャツとジーパンで、緑茶ハイを飲んで酔っ払っていただけの人。
***
ここまで読んで頂きありがとうございます。
スミマセン次回に続きます。
次回、トールちゃんyamoのスナックで歌います♫
yamoのお目目ハート。
「歌が上手い」という破壊力。
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