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「people=日本国籍所有者」の狡猾

『にほんでいきる ― 外国からきた子どもたち 』(毎日新聞取材班編、明石書店、2020年)。
 めっちゃ長い。
 実はこの本を読み始める際に、偶然、ネット上の連続セミナー「外国人人権基本法を守ろう!」最終回を傍聴した。スピーカーは日本の少数者差別問題を長く研究する田中宏・一橋大名誉教授。田中先生は、現行憲法の条文に用いられる「国民」という言葉が、本来はpeopleという英語で、日本で生きるすべての人を想定していたと説明した。それが「日本国籍を有するもの」と書き換えられた。結果、日本で生活する外国籍の人々への権利の制限の法的根拠になってしまったのだという。
 義務教育についても同じ。本書で前川喜平元文部科学事務次官は記者の質問に「これまで文部科学省は、憲法第26条第2項の『すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ』という条文を理由に、就学義務の対象を『国民』に限り、外国籍の子供の保護者には義務を課さないという対応をとってきました」(p.61)と答えている(希望すれば就学できるという運用をしている)。どうしてこうなったのかというと、「『立派な日本国民を育てる』という、戦前の国民教育の発想が残っているからです。今、中学校の道徳の学習指導要領には『日本人としての自覚をもって国を愛し、国家の発展に努める』という記述があります。文科省としては、そうした『日本人のための国民教育』を外国人に強制するわけにはいかないと考えているのです。」(ibid.)しかしこの説明は微温的である。「日本は日本人の国であり、日本の教育は日本人のためのだけにある」という排外思想の影響が理由ではないか。
 「戦前の発想」とはなにか。それはひょっとして「虐げられたアジアの民を解放する前衛たれ」のような「皇民教育」の尻尾ではないのか。ところがここで再び田中先生の説明が興味深かった。1919年2月の(第一次世界大戦終結に伴う)パリ講和会議での「国際連盟規約」において日本政府は「人種差別撤廃条項」を求めた。「すべての国家の人民に対し、その人種及び国籍の如何にかかわらず法律上は事実上何らの区別を設けることなく」ルールをつくれ、と主張したというのだ。原典に当たっていないけど、たぶん本当だろう。戦勝国の中で唯一のアジアの国に対する戦勝国内でのあからさまな人種差別があり、日本政府はそれに反発したのだという。その同じ日本が同じ時期に、近隣のアジア諸国・民族に対しては差別政策を展開していた。
 とここまで書いて、再び本に戻る。「国民」規定があるので外国籍の子どもの保護者には子供を教育する義務がない。公私立の小中学校などのいわゆる「一条校」を卒業すれば義務教育終了となるが、外国人学校やフリースクールは一条校でないため、義務教育修了を条件とする高校入学資格がない。しかも希望すれば小中学校には入学できるという運用がされているはずなのだが、なかには「日本語がわからないと学校には入れません」(東京都昭島市教育委員会)(pp.89-90)など不誠実かつ軽率な対応をするところもある。
 このため前原氏は「私は2016年に成立した教育機会確保法の条文づくりに携わりました。不登校の子どもたちの学ぶ権利を保護するため、フリースクールや家庭での学びの重要性を認め、自治体に夜間中学の設置を促した法律です。実は法案の段階では、一条校以外での学習を義務教育と認める『みなし就学義務』の概念を導入しようとしました。フリースクールや家庭、さらに外国人学校における学習を義務教育とみなせるならば、外国の子供の保護者にも就学義務を広げられるでしょう。」しかし「このアイデアは自民党から共産党までの超党派の反対にあい実現しませんでした。理由は『義務教育は一条校で行うべき』という考えが根強かったからです」と説明した(ibid.)。昔ながらの小中学校卒業こそが義務教育を終える節目なのだという古色蒼然たる昭和的発想だ。
 日本に出稼ぎにきた外国人の子どもたちの勉強の機会を阻んでいるのは、外国の子どもたちのための十分な教育プログラムが一条校に用意されていないこと、そして保護者に子供を就学させる義務がないこと、の二点だ。この問題の解決を目指すのが、外国の子どもたちが学びやすい一条校の設置であり、それが公立夜間中学なのだ。もちろん保護者に理解がなければ子供たちの置かれた状況は過酷なままだ。しかしあるのとないのとでは大違い。少しでも彼らの可能性が広がるなら質的量的に十分な公立の夜間中学の早期設置に躊躇してはならないし、それが彼らの恩恵を受けている日本という国が取り組む当然の課題だと私は思う。

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