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怒りをこめてふり返れ 1988 ③

デヴィッド・ボウイが1988年に新録音した“Look Back In Anger” は、同年7月のラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスとのパフォーマンス(ダンス)用にアレンジ/拡張された7分の長尺ヴァージョンとなっており、導入部と後半部にそれぞれ2分強の新たなパートが加えられている。

この前半/後半のインスト・パートは、翌年ティン・マシーンのツアーで数回演奏される”Now” にも流用されるのだが、近年のインタビュー発言やレファレンスを見た限り、楽曲のリアレンジを手掛けたのはギタリストのリーヴス・ガブレルスであることから、彼によって追加されたパートと言っても差し支えないだろう。

そのガブレルスによると、スイスのスタジオで共同作業を開始した際(1988年5月頃)「我々が最初に行ったのが、“Look Back In Anger”のリメイクに取り組むことだった」としたうえで、そこでボウイから求められたのが、(1979年オリジナル版)楽曲の前後に新たなパートを加えることと、曲全体を通してのギター・プレイだったという。(Guitarplayer.com 2021年10月9日記事)

同記事から引用を続けると、ボウイはこのリワーク版について「ドイツ・ゴシック様式の大聖堂のようにすべき」との意見を持っており、また、「ゴシック建築や尖塔と同等な音のようにしたい」(TREBUCHET 2014年11月22日のインタビューより)とも話すなど、出会った当初からアートが共通の話題だったガブレルスに対し、そのヴィジョンを建造物に例えて表現しているのが面白い。

ここでボウイが言いたかったのは、(フィリップ・グラスなどの現代音楽、ミニマル・ミュージックが舞台で使用される機会も多い)コンテンポラリー・ダンスのパフォーマンスを前提としたこの新ヴァージョンをゴシック建築のような他の建造物を圧倒するスケール感とギター・サウンドの可能性を追求するような音響美を兼ね備えたものにしたかった、ということだろう。

実際、ボウイが”hard edged wall of guitar sound”と表現するガブレルスのギター・サウンドはエッジーかつ、壮大なスケールを感じさせるエクスペリメンタルな音像となっており、導入部1分40秒あたりから聴けるその”音の壁” や、 後半部の爆発するようなギター・ワークは今聴いてもインパクトがあると思うのだが、ここでボウイとガブレルスが参照していたのが、ふたりに共通した音楽インスピレーションでもあったアメリカの前衛音楽家/ギタリストのグレン・ブランカ(1948-2018)だ。

ニューヨークのノー・ウェイヴ・シーンから登場した後、エレキギターによる交響曲を手掛けるブランカの音楽について、自分は特別詳しい訳ではないが、ルー・リードやイギー・ポップ、あるいはソニック・ユースやピクシーズと同様、ブランカもまた、ボウイを通じて知ったアーティストのひとりである。

本ヴァージョン~1989年の『ティン・マシーン』におけるブランカからの影響については、すでに2006年の『デヴィッド・ボウイ・ファイル』(シンコーミュージック刊)で指摘されているので、自分ごときが付け加えることは何もないのだが、本ヴァージョンのエンディング・パートは、ブランカ1980年の " Lesson No.1 For Electric Guitar"と結構似ていたりする。

また、ボウイはブランカがトワイラ・サープのダンス・カンパニー用に書いた1982年の”Bad Smells”(ソニック・ユースのサーストン・ムーアとリー・ラナルドも参加)も意識していたのかもしれないが、そうした背景を知ることによって、自分はこの新録音ヴァージョンがさらに好きになっていった。

『ティン・マシーン』発表時インタビューでボウイは、当時再発見したアーティストとして、ジミヘンやクリーム、ノイ!やカンとともにブランカにも言及(『Q』誌 1989年6月号)、さらに1996年のインタビューでは、今後プレイしたいギタリストとして、ジェフ・ベックとともにブランカの名前を挙げ、長年のファンであることを公言。「ブランカとベックの方法論は自分が追究したい、本当に知りたいと思わせるものなんだ」とまで言っている。(米『GUITAR』誌 1996年1月号 /『デヴィッド・ボウイ インタヴューズ』所収)

このボウイの発言は、なぜ彼が当時リーヴス・ガブレルスというギタリストを必要としたのか、その答えにもなっているように思うし、以降も彼がデヴィッド・トーンやジェリー・レナードといったタイプのプレイヤーを起用するのも同様の理由であるように思う。

かつての名パートナー、ミック・ロンソンもまた、反響音豊かなフレーズを奏でるギタリストだった。

後年もボウイは、自身の”お気に入りアルバム25選”にブランカの1981年作 "The Ascension"をリストアップするなど、変わらぬ敬意を持ち続けていたが、ふたりの共演は実現することなく、ブランカはボウイ逝去の2年後、同じく69才で亡くなっている。

個人的には "Heathen (The Rays)” でブランカのプレイを聴いてみたかった。

ちなみに、1999年にガブレルスがボウイのバンドから離脱した際、後任のツアー・ギタリストとして参加したペイジ・ハミルトン(ヘルメット)は、ブランカの門下生である。             
                                                           (怒りをこめてふり返れ 1988/終)

2022年6月24日 追記 (8月10日 一部修正)
上記拙文ではボウイとグレン・ブランカの共演は実現しなかったと書きましたが、ヴィデオ・アーティストのトニー・アウスラー(2013年曲 "Where Are We Now?"のクリップ等を手掛けた)による2000年ドイツでのインスタレーションのために、アウスラーが書いたテキストのリーディングをボウイが担当、その音楽をブランカが手掛ける形でコラボレーションを行なっていたとの記事があり、ボウイはすでに1998年、自身サイトのチャット内でこのプランを明かしています(9月30日)。

ただし、New York Times 2016年10月7日の記事によると、その作品 "Empty Blue"のヴィデオ・ヴァージョンは公にされなかったとのことで、それについては、きちんとした裏付けを取ることはできませんでした。

しかしながら、未発表とはいえ、アウスラーのプロジェクトを介してふたりのコラボが実現しているのは事実のようで、先の記事でブランカは、ボウイが自身のパートを録音するためスタジオにやって来た時のことを話しており、彼のオフィシャル・サイトでも、”Empty Blue”ではコラボレーターの1人としてボウイの名が明記されています。

そして、先頃日本でも翻訳版が発売されたトニー・ヴィスコンティ監修によるトム・ハグラー著『デヴィッド・ボウイ・アンド・ヒズ・ヒーローズ』(リットーミュージック刊)でも、それが先述の"Empty Blue"かどうかは不明ながら、ふたりの未発表音源が存在する旨の記載があります(294頁)。



よって、当方記述は正確とは言えず、これらについて言及すべきでした。

また、ブランカ2016年作品にボウイのトリビュート曲”The Light ( for David)"があることにも触れていませんでした(いずれも当方未聴)。

なお、『デヴィッド・ボウイ・アンド・ヒズ・ヒーローズ』が出典元としているウェブサイト、Bedford+Bowery 2013年10月11日の該当ページ(bedfordandbowery.com/category/bb-newsroom-2/)は現在見当たらず、同じライターによる同日付記事を見ることができるものの、一部記述を除き、レファレンスとなる原文を確認することはできませんでした。

(参照記事)
・Glenn Branca: The Third Ascension and The World Premiere of The Light  https://roulette.org/event/glenn-branca-the-third-ascension-and-the-world-premiere-of-the-light-for-david/

・David Bowie Wonderworld  Bowie Live Chat transcription: 
 https://www.bowiewonderworld.com/chats/dbchat0998.htm

・グレン・ブランカ、オフィシャル・サイト (List Of Major Works 2000年を参照)
https://www.glennbranca.com/

・New York Times 2016年10月7日記事
"David Bowie as Muse? Why One Composer Says So"
https://www.nytimes.com/2016/10/08/arts/music/david-bowie-as-muse-why-one-composer-says-so.html

・Bedford+Bowery 2013年10月11日、ダニエル・モーラーによる記事https://bedfordandbowery.com/2013/10/watch-glenn-branca-hold-forth-on-bowie-byrne-cbgb-sonic-youth-his-own-bad-self/


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