村の少年探偵・隆 その1 混入
§1 鳥めづる爺さん
小杉隆の生まれ育った千足村は、徳島県の西部にある。
平成の大合併で、M郡からM市に変わった。隆の少年時代は村に12軒の家があったが、現在では3軒を残すだけになっている。隆の家も近所の洋一の家も、もうない。
かつて、村には人がたくさん往来していた。5人、6人きょうだいという家はめずらしくなかった。隆は6人きょうだいの末っ子だった。洋一のように2人きょうだい、ましてや洋一の従弟・修司のように一人っ子はごくまれだった。
洋一と修司は一級上、洋一の妹の和子と隆は同学年だった。通学に40分前後かかった。学校は山道を降りて行った、谷底のような場所にあり、ここで幼稚園から中学卒業まで10年間を共に過ごした。
人も多かったが、動物も多かった。飼い犬・飼い猫が家族の一員になっていた。肉牛を育てて生計を立てている家がほとんどだった。たまに牛が逃げ出し、村人は戦々兢々となった。
隆の家では牛のほかに、猫がいた。祖父がメジロを飼っていて、庭の生垣に鳥籠をおいて鳴き声を楽しんでいた。
隣の権蔵爺さんも鳥については、人後に落ちなかった。
庭にはいくつかの巣箱をつくってやり、営巣を助けた。その時だけは、村一番の嫌われ者・権蔵爺さんの面影はなかった。
冬には野山が雪に覆われ、野鳥のエサが枯渇する。
子供たちは雪の上に粟や稗、蕎麦の実などを撒き、大きな籠を仕掛けて捕獲する。野鳥は貴重なタンパク源となった。
権蔵爺さんだけは、鳥たちが焼き鳥になることについて、誰よりも心を痛めていた。
憂鬱な冬が過ぎ、権蔵爺さんの庭に今年も、ホオジロがやってきた。
やがて、つがいになり、庭先でチチッ・チチッとかピピッ・ピピッとささやき合う。どこででも見かける鳥だが、権蔵爺さんはなぜか気に入っていた。
§2 ヒナ受難
権蔵爺さんの巣箱に、ホオジロが頻繁に出入りするようになった。
オスが小さな虫や穀物を運んでいる。ヒナが生まれたのだ。権蔵夫婦は家の中から息を殺して見守っていた。
夫婦には1男4女がいた。
長女は夭折した。高熱を発し、ふもとの医者に診せに行く途中で息絶えていた。愛児を失い、夫婦はかたくなな性格になっていった。
3人の娘は県外に嫁いだ。息子は嫁を取ったが、半年ほどで嫁を連れて家を出てしまった。
「一生の不作や」
3人の孫に恵まれた今でも、嫁に対して評価は厳しかった。
権蔵爺さんが居間でお茶を飲んでいた。婆さんが駆け込んできた。
「ヒナがやられとる!」
2人で巣箱を見に行った。下にまだ産毛も生えていないヒナが、一羽落ちていた。
手厚く葬ってやった。
「どうしたんやろなあ」
権蔵爺さんは、手を合わせながら言った。
「富江んところの猫が歩いとったんや」
婆さんは洋一の家の猫を目撃した、という。
権蔵爺さんは夜、洋一の家に向かった。
富江が勤めから帰り、夕食の準備をしていた。洋一と和子はテレビを観ていた。
権蔵爺さんは猫を睨みつけた。その剣幕に、猫は姿勢を低くして唸った。
「ええか。今度こんなことがあったら、その猫、ブチ殺してやるからな」
爺さんの話は、富江たちには信じられなかった。
猫が足を引きずるようになった。
「変な歩き方しとる」
最初に気づいたのは、和子だった。
洋一が見てやると、後ろ足にケガをしていた。
隆も猫に同情した。
「どこでケガしたんやろなあ?」
洋一は権蔵爺さん家の一件を話した。
「まさか?」
隆にはありえないことだと思われた。
「いや、あの爺さんなら、やりかねんで」
2人で権蔵爺さんの庭に忍び込んだ。
やはり、小型のトラバサミが巣箱の下に仕掛けられていた。当地では「チャン」と呼ばれているものだ。強力なものだと、猪や鹿など大型動物の骨をも砕く。
「畜生! ホオジロと猫、どっちの命が大事なんや」
洋一は唇を噛んだ。
§3 秘密基地にて
富江の兄の勲が、縁側で猫の喉を撫でている。
「こら! 爺さんとこのホオジロ、襲うたんか」
勲は笑いながら、富江から話を聞いていた。
「けんど、おかしいで。猫がヒナを襲うたんなら、食うてしまうか、持って帰るかするはずや。なんで、巣箱の下に落ちとったんや」
勲叔父さんはバイクのエンジン音を響かせながら、帰って行った。
うららかな春の日差しを浴びながら、隆と洋一は河原で寝そべっていた。
そこは村へ向かう道からは、死角になっていた。子供たちの秘密基地だった。ただ、権蔵爺さんも勲叔父さんも、村の男たちはみんなこの河原で遊んで大きくなっていた。
「落ちてきたんかなあ。けど、ヒナが自分で動いて巣から落ちることはないやろ」
「洋ちゃん。不思議やなあ」
水鳥が川面を渡っていく。ホオジロの鳴き声も聞こえてきた。
「なんて鳴いとるんやろ」
洋一は耳を澄ませた。
「なんや分からんけど、おしゃべりな鳥やな」
隆にはただペチャクチャ言っているようにしか、聴こえなかった。
「カッコー、カッコー」
遠くでカッコーの鳴き声もしている。
(カッコーくらい、鳴き声と名前が同じ鳥はいないなあ)
2人は同じことを考えていた。
(一年中はいないなあ。渡り鳥やろな。だけど、カッコーはどこに巣を作るんやろ)
そんな疑問が、隆に湧いた。
洋一と隆は、勲叔父さんの家を訪ねた。
バイクはなかった。修司とテレビを観て、時間をつぶした。修司は小学校のころのケガが原因で、足を少し引きずっている。勲叔父さんが叔母ちゃんと一緒に帰ってきた。
「おっちゃん。カッコーの巣ってどこにあるん?」
洋一が訊いた。
「カッコーは自分の巣は作らんのや。托卵いうてな、モズやヨシキリ、ホオジロなんかの巣に卵を生み、育てさせるんや」
「それや!」
洋一と隆は声を張り上げた。
§4 忘恩
洋一と隆は図書室で、托卵について調べた。
勲叔父さんが言ったように、カッコーはほかの鳥の巣に隙をみて卵を生みつける。卵は孵り、エサを独占するために、もとからあった卵のヒナたちを巣の外に落とす――ということが書かれていた。
ヒナは成長する。ある日、親鳥がエサを運んで帰ると、巣箱が空になっている。その時、親鳥はどんな気持ちだろう。2人は想像してみた。
「それにしても、洋ちゃんとこの猫、かわいそうに。犯人にされ、ケガまでさせられて」
隆は猫が哀れで仕方なかった。
「文句ゆうてやろか。どうせ分からんやろけどな」
2人は権蔵爺さん家に乗り込んだ。
権蔵爺さんたちも、洋一の家の猫の仕業でないことは気づいていた。
爺さんが洋一の家から戻った翌朝、やはりヒナが落ちて死んでいた。
「あんだけ言うたのに!」
爺さんは怒って、チャンを掛けた。
案の定、洋一の家の猫がチャンに足を挟まれて鳴いていた。まさか本当に叩き殺すわけにはいかず、チャンから外してやったが、その夕方もヒナが落ちて死んでいるのを発見した。ケガをした足で、あの猫がやってきたとは考えられなかった。
「やったのは、隆の家の猫だったんや!」
近所で思い当たるのは、それしかなかった。
権蔵爺さんは隆を見て
(飛んで火にいる夏の虫やな)
と思った。
「爺さん。犯人わかったで」
洋一はもったいぶって言った。
「おう。謝りにきてくれたんか」
権蔵爺さんも芝居気たっぷりだった。
「残念やけど、猫は犯人やない。やったのはカッコー鳥や。それも、カッコーのヒナがやったことや。もうチャンなんか掛けるな」
洋一と隆は意気揚々と引き揚げてきた。
托卵のことを聞き、権蔵爺さんと婆さんは
「鳥にも恩知らずがいるんやなあ」
と語り合った。
手塩にかけて育てた一人息子は、嫁がそそのかして出て行った。
「ほんま、カッコーみたいな嫁やな。我々はしょせんホオジロや。なあ、婆さん」
2人はますます嫁への憎悪を燃やした。
権蔵爺さん家の裏山で、カッコーが鳴いていた。
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