遠距離通学
冬場は夜が明けるのが遅い。寒いこともあって、盲導犬・エヴァンの散歩は、7時になるのを待って出かけた。それでもまだ少し暗かった。そんな中を、小学生の通学班が元気に登校していく。
★思い出は遠く
私の小学時代はどうだったのか思い出そうとするが、記憶から完全に消えている。
私の育った村からは、通学に40分くらいかかっただろうか。幼稚園から中学校まで同居し、狭い校舎に周辺の村から生徒が集まっていた。
登校時刻は8時だったか。だとすれば、日照時間の短い山奥ゆえ、冬などは薄暗い中を通学していたことになる。低学年でなくても、きつかったはずだ。
★「幽霊」同級生
上には上があった。Uターンして旧市街地に住居を構え「よくぞ弱音を吐かなかったものだ」と思わされた。
ある方について、中学の同級生から「卒業アルバムには載っているけど、あまり覚えてない」と聞かされた。
おそらく、その方のエピソードだろう。教員が家庭訪問し、以来、遅刻を咎(とが)めなくなったらしい。通学の大変さを、身をもって知ったのだろう。
★提灯を頼りに
どれくらいの距離を通っていたのだろうか。今回、調べてみた。
9キロ余りの道のり。2時間は優にかかる。したがって、日が短い季節は提灯に火をともして家を出て、夜が明けると提灯の火を消し、道端の木の枝にかけておく。帰りは、提灯の火を頼りに、家に向かったらしい。
学校を休んだ日には、父親が農作業をしながら、いろいろなことを教えてくれた。「その知識の方が役に立っている」と、笑っていた。
★「生物」多様性
その村はいち早く限界集落となり、程なく消滅した。通った中学校も最終的に、私の母校などと共に、市の中心部にある中学校に統合された。今、遠方の生徒はバスで通学している。
学校はいろいろな事情を抱えた生徒の集う場である。その事情に、社会がどれだけ思いを致しているだろうか。「家庭」訪問は、実は大切だ、と思う。
(写真:消滅集落ちかくを流れる川)