大空幸星『望まない孤独』扶桑社新書
「望まない孤独」とは、自ら望んでいるのではなく、社会的なつながりが不足してるために生じる孤独のことである。孤独が自らひとりで耐えるものだという「誤解」が広まらないよう、著者があえてつくった言葉である。
孤立していれば孤独となるが、家族やコミュニティとの接触が頻繁にある状態でも、孤独を感じることがある。家族や友人、同僚がいても、自らの悩みについて打ち明けられなければ孤独を感じる。社会的つながりの量が充足しているとしても、質が不足しているからである。
著者は、両親の離婚、父親との確執、母親からのネグレクトに遇い、その状況を誰にも言えない過酷な生活のなかにあった。しかし、意図せずに発したサインを高校のA先生は見逃さなかった。「過去を悲観するのでなくこれからの人生をどう生きていくのか決めなさい」との先生の言葉により、生きたいという想いを抱けるようになった。
ひとり親の家庭では、頼れる人の絶対数が少ないうえ、親との関係が良好ではない場合は、家庭内で頼れる人を失い孤独となる。そこで、とてつもない理不尽さを感じた著者は、インターネットから「児童訪問援助事業」を見つけた。しかし、市による面接があり、必ずしも全員に援助員が派遣されるのではないことを知った。
著者は、せっかく勇気を出して相談しようと思っても、相談までの道のりが長く、ひとり親家庭を救うために有効ではないと感じ、この問題解決のため大学へ行って学ぼうと決意した。
生活のためアルバイトをしていたことから、高校の出席日数は卒業の基準ギリギリで、成績も振るわなかった。また、A先生のおかげで、高校の学費の支払いに配慮してもらい、奨学金の存在を教えてもらった。睡眠時間を削って必死で勉強をし、現役では合格できなかったが、少し遅れて慶應義塾大学に合格した。
さらに、大学3年生になった2020年3月、早稲田大学に進学した友人とふたりで、NPO法人あなたのいばしょを設立し、24時間365日、年齢・性別を問わず、無料・匿名で利用できる「あなたのいばしょチャット相談」を運営している。
相談員は無償のボランティアであるが、高額の費用を払い、1年以上の研修を受講する必要があり、また、事務所に出勤して相談対応する必要があったことから、時間的にも金銭的にも余裕があり社会貢献に関心のある一部の高齢者しか活動できなかった。
このため、相談員不足が一つの課題であった。そこで、現役世代がスキマ時間で活動できるよう、相談員の書類選考・面接・座学研修・実地研修をすべてオンラインで完結させた。しかもリモートでチャットを使用して相談活動をする。
もう一つの課題が24時間対応である。特に相談窓口を開けておく必要があるのは深夜から朝方であるが、この時間帯の相談員の確保は容易ではない。ここで「海外在住の日本人」に注目し、世界地図のイラストを載せた募集サイトを作ったところ奇跡的に応募があった。そこから、CNNやWSJに取り上げられ、海外の日本人に知られるようになって、いまでは相談員の2割は海外在住である。
「いばしょ相談員」は基本的にはボランティアである。研修は受けたが、相談支援経験のない人が、困難を抱え自ら命を絶とうとしている人たちの相談に応じることができるかとの問いに、著者は自信を持って「できる」と答える。相談窓口では、医療行為も、カウンセリング的な行為もしない。「傾聴」により相談者を「マイナスからゼロ」の状態に持っていくことを目指す。
子どもの自殺は、全体の自殺が減っているときも減っていなかった。相談者は、1日1000件以上の相談を受けている「あなたのいばしょチャット相談」を利用者に限ると、高齢者より若者の方が孤独を感じている。2020年は女性、若者の自殺が増えている。
いわゆる毒親に育った子どもたちは、その苦しみと不条理のなかで、社会や家庭内に蔓延する懲罰的自己責任論に反駁する言葉を生み出してきた。その一つが「親ガチャ」で、「生まれた環境」という偶然性を強調している。「親ガチャ」は毒親家庭で育つ子どもたちが、苦しみから逃れるために生み出した言葉である。
チャット相談において、相談者が入力する基礎情報や、チャットボットでの会話内容等の情報で、緊急性の判断をアルゴリズムを開発して自動化している。赤色パトランプ(DVや虐待などで命が危険)や、黄色パトランプ(自殺リスクが高い)が点灯すると、職員が相談内容を確認し、場合によっては警察や児童相談所などの関連機関と連携して対応に当たる。
2021年2月、孤独・孤立対策担当大臣が新設され、内閣官房に孤独・孤立対策担当室が設置された。著者は、①国として取組み意思の明確化、②孤独に関する調査研究の推進、③社会全体で孤独対策を実施する体制の整備、④孤独に対するスティグマ(呪い)の軽減と正しい理解の普及、⑤すべての人が頼れる存在にアクセスできる体制の整備を提言し、必死に永田町・霞が関を走り回った。
「あなたのいばしょチャット相談」は、2年も経たないうちに24万件以上の相談が寄せられた。応答率は低下する一方で、相談窓口にたどり着けていない人が莫大な数である。セーフティネットたる相談窓口は機能不全に陥り始めたと著者は言う。著者は、「望まない孤独」について社会全体で取り組むことを願っている。
現役大学生の行動に敬意を表するとともに、今まで顧みることもなかった孤独という社会問題に焦点をあてることの必要性を感じた。また、問題解決を個人や家庭内に押し込むのではなく、社会全体の問題として取り組む必要性を痛切に感じた。