須田史朗、小林聡幸『キャラクターが来る 精神科外来』金原出版
自治医科大学精神医学講座の先生たちは、コロナでオンライン授業を求められた。そこで物語や歴史上の人物を精神科診断させるレポートを提出させることにした。それは、アメリカ精神医学学会のDSMなどの診断基準をただ当てはめるだけではすまないという診断の機微に触れる機会を設けるためであった。
2020年4月から2021年2月まで、109キャラクターが集まった。ちなみにレポート数の多いキャラ3傑は、野比のび太『ドラエモン』)、夜神(『DEATH NOTE』)、我妻善逸(『鬼滅の刃』)であったという。
本書では38のキャラクターが取り上げられている。そのうち、次のものの概略を紹介する。
「野比のび太」
学生の診断
注意力が散漫で、忘れ物が多い人物として描かれており、不注意優勢型の注意欠如・多動症(ADHD)と、読み書き能力が明らかに低く、計算力がないことから、学習症との合併症と考える。
先生のコメント
ADHD、不注意優勢型の判断は妥当。学習症/学習障害については、もう一声ほしい。悪知恵が働くこともあるから、知的障害の可能性は否定的。ADHDと学習症を併存していても、毎回テストで0点はひどすぎる。ディスレクシアという読み書きの障害を併存している可能性が高い。
「夜神 月」
学生の診断
デスノートを拾うと、寝る間も惜しんで凶悪犯罪者の名前を書くようになる。被害妄想、死神が見える幻視や、幻聴、自分は世界を変える存在という誇大妄想や過度の自尊心が挙げられる。統合失調症、躁病のいずれかの可能性が高い。
先生のコメント
陰性症状がみられない。自己愛性パーソナリティ障害は、「誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式」と説明され、当てはまる。殺人という犯罪行為に手を染めていることから「社会的機能の障害を来している」といえる。ただ、最初から自己愛むき出しではなかった。「自分は他の人より優れていて、自分の考えは正しい」と信じ、力を持ち道を踏み外し、パーソナリティの偏奇が露呈していく。
織田信長
学生の診断
自分を神だと口にしている。誇大性が当てはまると考える。桶狭間の戦いでの動きは、活動性が亢進していると言える。趣味も多彩で、幅広い分野に興味を持っていることからも、活動性が亢進していることが伺える。易刺激性については、信長への報告は「飛ぶか火花が散るように行かなければならない」「自分への侮蔑は許さず、懲罰せずにいられなかった」と記されている。これらの情報から双極性障害と考える。
先生のコメント
信長が「我は神なり」と言ったことは、行為遂行的発話であり、神のように敬い服従しろ、そうしないと神罰以上のものを下すぞとの脅迫である。躁状態はある程度持続し、ある程度持続しないことが肝要である。双極性障害は、もうひとつの極、うつ状態はどうだろうか。稀に単極性の躁病があるが、これも躁病相が去れば普通の状態に戻る。信長が誇大ではなく、不眠でなく、活動性が常人並みであった時期があるのだろうか。活動性が高いのであれば、パーソナルティ障害の文脈でとらえることになる。しかし、傑出した人物であれば凡人には考えられないような精力を持っていたとしてもおかしくなく、診断できない。
本書を読んでいただければ、さらに詳しいことが書かれている。精神疾患のある人について、偏見を持たずに接するためには、どうしたらよいかのヒントを与えてくれているとも言える。医学生以外の一般の人にも、精神医学について知見を得ることができる楽しい本である。なお、ティーブレークも読み応えがある。