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初書き

2018.01.04

年末年始に『完全教祖マニュアル』(2009年 架神恭介/辰巳一世)を読了。

いわゆる新興宗教のキワモノ教祖の解剖、某宗教団体はどれだけあこぎな商売をしているか、あのテロの裏話、etc...

タイトルからして煽り力満載で、上記のような内容かと期待したわけだけど気持ちよく裏切られました。2009年間に発行されて以来、評価が高いのも人気があるのもよくわかる。

わたしの解釈ではこれはコミュニティや組織を作る話、ヒトを集めるキモ、継続するポイントを解説している本でもありました。例えば

歴史が長いとそれだけ思考も硬直化しますし、「形式だけ守ってればいいや」という雰囲気が出てきます。イエスが活躍した頃のユダヤ社会はまさにそのような状態で、社会が宗教的ルールでがんじがらめになっていました。それをブチ壊し、気分一新して神を信仰しようとしたのがイエスです。(P31)

という一文は、会社等ある程度続いた組織の硬直化とその打開策を示している、ともとれます。また"立派な宗教にするためには高度な哲学を備えなければならない"と説くのですがそのためには社会の「問題点」と少々突飛な「前提」を用意し、前提を主張しながら問題点を追求する(世迷い言を口にしながら社会を口汚く罵っている)、すると

なんとインテリが勝手に「前提」と「問題点」の間を論理的に補完してくれるのです!(中略)しかしインテリは論理的思考が得意なゆえに、逆に「前提」を突然作り上げるといった非論理的蛮行には踏み切れないのです。(P45)

この点においてのみ、教祖はインテリに優越します、と続きます。これはわたしには、組織にはブレーンを置き彼らに存分に腕をふるってもらう、リーダーはビジョン(この場合は「前提」)を示して、あとは信頼して任せる、という風に受け取れるのです。

わたしがこんな風に解釈するのは、今現在において、所属している組織の硬直化や社会の空気感(朝生見てた)などを気にしているためでしょう。

もちろん、宗教(信仰)とはというのを説いている節はちゃんとあります。"第四章 教義を進化させよう"の"義務を与えよう"の節です。イスラム教は五体投地や断食、豚肉禁止など義務が多いが実は信者には有難い。なぜなら多くの義務をこなすだけで「オレ、アッラーの言いつけ、マジ守ってるもんね!」と誇らしい気持ちになりより信仰心が厚くなる。一方で親鸞のただナムアミダブツと唱えるだけでよいというのは実はとてもハードコア。というのはたった一言念仏を唱えただけで心の底から「阿弥陀様はすっげえいい人だから、こんな罪深い私でもニコニコしながら救ってくれる」という"確信"をもてるか?普通は持てない。だから義務が多い方が信者にはわかりやすく有難いのだ。とはいえ信仰している宗教に定められた義務さえこなしていればそれでいいのか?…P104〜P106に信仰心についてしっかりと解説があり、理解するために何度か読み返した箇所です。

なお、熱烈な仏教ファンであった梁の武帝は達磨大師に対して、「オレって寺とかガンガン建ててるし、坊さんもたくさん養ってるから、かなり功徳積んでるよね?」と聞いたところ「功徳一切なし」と断言されました。禅も本当にハードコアですよね。(P106)

キリスト教、仏教、イスラム教などの世界三大仏教の文化の共通点と違いの解説や発展の歴史の概要でもあり「そもそも宗教とは何か」という問いに応えるものでもあり、人間の本質や弱さを軽妙な語り口で描いた本でもあります。

#完全教祖マニュアル #架神恭介 #辰巳一世






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