八犬伝を観てきたので感想と思ったことをメモしておく
かつてネット上に南総里見八犬伝の全編あらすじなんかを書いたことがあるくらいには八犬伝好きなので、新しく八犬伝の映画ができたんだ、というのを知って興味深く思ってました。たまたま機会もできたし、映画館なんて行くこと自体がずいぶん久しぶりだなと思いながら、なんだかんだで初日の上映に行ってきたのでした。とても楽しめましたよ。
映画は馬琴の『南総里見八犬伝』原典をそのまま映画化したものではなくて、山田風太郎の『八犬伝』の映画化という形。八犬伝を書く馬琴と、そこにちょっかいを入れる葛飾北斎のお話がメインに据えられており、八犬伝そのものの筋に触れてるところは、本全体の半分くらい。それでも、限られた紙幅で、うまい具合に八犬伝のあらすじがまとめられており、ちゃんとお話の全体像を知ることができると同時に、これを描いた馬琴の生活に関わるところ、葛藤する自意識とか、家族に関する悩みとか、北斎との友情とか、そういうのも楽しむことができて、いい本です。今回の映画を楽しんだ方も、山田風太郎の『八犬伝』が未読だったらぜひ読んで、映画の場面を思い返してみるといいと思う。
山田風太郎の『八犬伝』を読むといい、という理由にはもうひとつあります。お話の方の里見八犬伝はいい感じに映像化されているんですが、ただ、それを観ただけで、原典もこんなストーリーなのかなと思うとしたらちょっぴりもったいないので。
八犬士(や伏姫・浜路とか)を演じた若い役者さんたちはとても熱演していてカッコよかったですし、せっかくだからそのイメージを持ったまま、本物に近い八犬伝も演じているところを、本を読みながら心に浮かべることができれば、さらに楽しさが続くことでしょう。
山風八犬伝(以下こう呼びます)では、八犬伝の原典のストーリーをほぼちゃんとまとめてくれていたんですが、映画にしたときに「映えない」という判断があったんでしょう、映像化においてはここらへんのストーリーがけっこう思い切って変更されています。150分近くある映画の「半分」をそれにあてても70分ちょっとしかないわけで、そりゃあまあ、『南総里見八犬伝』の勘所をみんな詰め込むことはもとより不可能なわけです。山風八犬伝でまとまっていたレベルに再現するだけでも、それでさえ映画の尺には入り切りません。知って驚く人が意外といるんですが、『南総里見八犬伝』は、本来、岩波文庫で全10巻相当の長〜いお話です。だからこそ、いい感じにトントン拍子に犬士たちが揃って、わかりやすいラスボスを倒すという形に直しておくのが必要だったのでしょう。馬琴の人生のほうの話もありますから、劇中劇のほうがあんまり複雑だときっと収拾つかないもんね。(でも、悲壮な覚悟で馬琴の執筆活動を手伝ったお路さんがついに完結させた作品のストーリーがコレ?という不自然さはある。仕方ないけど…)
犬士たちの出てくるシーンは、どれも強い印象を残す場面が選ばれており、ときには、原作のいくつかのシーンを同時に連想させるようなオリジナルの場面も出てきます。これはこれで面白くて、あとで原典に近いものに触れたときに、ビジュアルが頭に浮かびやすくなることでしょう。映画の中の1シーンなのに、あとで何度もイメージの元として再利用できるからおトクですね。どれも美しく作られたシーンだったし、大画面で観られて満足でしたよ。
総じて、観ておいてよい映画だと思います。あとで南総里見八犬伝の本当のストーリーが気になるかもしれない人にとっては、まずかっこいい犬士たちをここで眺めておいて、あとでその人たちを「本物」の世界でも遊ばせてあげられるように。原典がすごく長い話だ、ってのはさっき言いましたが、その中には、けっこう犬士同士がおしゃべりしている「日常回」風のシーンも多いのです。こういうところのイメージが具体的な誰かの顔で再現できるのって楽しいでしょう?
または、純粋にお好きな役者さんのかっこいいアクションが見たい、ってだけの方でも、充分満足できるでしょう。馬琴とその家族、そして葛飾北斎のドラマ部分だけを取ったとしても感動的だし(内野聖陽さんが特によかった)、さらには江戸時代の演劇文化の雰囲気も知ることができる。豪華なつくりですよね、ほんと。
原典好きとしてあと一言だけ言うとしたら、映画では伏姫が最後に使命を終えて昇天するんだけど、ぜひそれは大輔(ちゅ大法師)を引っ張り上げながらであってほしかった、ってところくらい。作中のストーリー改変をやるならやるで、多少無理にでもそこに持っていってくれたらよかったなあ。八犬士たちは、言うてもただの「スーパーヒーロー」にすぎず、生身の人間として最初から最後まで悩み抜いて、エンディングで救われるのは金鋺(かなまり)大輔なのです。(あとで思いついたけど、作中の大輔もろとも救われる馬琴、というのがあのラストシーンなのかな?)
なんかまとまらないけど、こんなところで。ひさびさに映画観て楽しかった。