【デパートがなくなって寂しい…(T . T)】
全国の地方都市(主に県庁所在地)からデパートが閉店している。山形・徳島・島根・岐阜(7月)…。「今後も減っていく可能性大」、こんなニュースをよく目にする。人はデパートでもコンビニでも、それまであったものが無くなれば寂しいものである。
「時代の流れ」…、そうデパートはすでにその役割を終え、郊外のショッピングモールや専門大型店、そしてあの「通販」にとって代わられてしまった。今さら寂しがっても仕方ない。そうさせたのは私たち消費者でもあるのだから。
👤あのデパートの包装紙で贈り物をするから価値があるのよ!
そんな(高尚な)お客さんの買い物も、今ではディスカウントスーパーに移行し、「なんでこの店はカードが使えないのよ💢」などと本末転倒の「元デパートの常連風」を吹かしている。うるさい「神様」も、今は度が過ぎれば「カスハラ」でお仕置きされる良い時代になったw。
これからは「デパートが無くなって寂しい」などと嘆いている場合ではない。街のラーメン屋や個人の寿司屋、定食屋、後継者のいない魚屋・肉屋・床屋・車の修理・金物屋・薬局…、これらの閉店を頻繁に目の当たりにすることになる。
時代の流れ、それが自由競争の厳しさ、「新陳代謝」こそが経済の起爆剤、他人事ならなんとでも言える。
「米が不足している」と聞けば、
→値上げが生活を直撃!、もっとコメ作れ
「デパートが閉店する」と聞けば
→寂しい、子供の頃よく行った思い出が…
私はこの記事の「山形屋」や「一畑(イチバタ)百貨店」を訪れたことがあるが、閉店間際の店内は目を伏せたくなるほど閑散としていた。駅前の一等地にあるその巨大な建物は、都市開発業者にしてみたら過去の遺産(お荷物)でしかないのだろう。
事実、このことを若者に聞いても「特に影響はないし困ってもいない」との答えが返ってきた。それが現実なのだ。
私の住む山梨県でも唯一のデパートが昨年消滅した。
正確に言うと、最後まで存在していたデパートを「中心街の景観を維持するため」という不可解な補助金で解体して、近くのテナントビルに直営部門だけ引っ越した。
どう考えてもデパートは消滅したはずだが、店主や自治体の長は「これもデパートだ!」と言い張る (笑)。どうやらそこにデパートが存在してくれないと困る連中がいるということだ (笑)
これなら山形屋や一畑百貨店のように、再スタートする方がずっと清々しいと思う。
県都にある百貨店は、政治的な出店背景や近隣商店街とのしがらみがあるものだ。しかしそんなものに縛られることこそ「時代の流れ」に反することだ。
☝️その証拠に、今はもう誰もそのデパートのことを語らないでしょ?
#お母さんイオンモールへ行こっ