正しき戦後処理とはなにか:戦争が悲惨など子供でも分かる
終戦の詔から70余年経った。
70年とは一時代が終わり、新たな局面に転換していくとても長い年月だ。
その長い年月を以てもなお、夏になると毎年のように日本軍の蛮行を喧伝する番組がメディアを埋め尽くす。
戦争放棄の裏で伝えられない民族の歴史
日本軍がいかに勇敢に正々堂々と闘ったのかという民族の歴史は一切伝えられない。
日本人が日本国内で、自分達の先祖の悪口を言うのを聞いて満足している。
何とおかしな国だろう。
戦争で被害を受けた証言者を探しては「お涙ちょうだい」の話をさせ大々的に報じる。
そういう人は口を揃えて、、
「戦争は悲惨、戦争は二度と繰り返してはいけない」
と言う。
まるで現代の日本人は戦争が悲惨でないとでも思っているかのように。わざわざ戦争を起こそうとしているかのように。
「戦争は悲惨、二度としてはいけない。日本は愚かだった。軍が悪の権化で国民が犠牲になった」
生まれてこのかた、うるさい位にメディアから聞かされてきた。
おかげで周りはそれを疑いもなく信じ生きている人が多く存在する。
戦後の自虐史観一辺倒の思想教育とそれに乗っかるメディアの偏向報道の仕業だ。
わたしの祖母の戦争体験
私の祖母は米軍の空襲で二度も、しかも違う土地で家を焼失した。メディアがインタビューするには理想的な語りべになるだろう。しかし祖母はメディアが期待するようなことは言わない。
「仕方がなかった。戦争だったから。自分だけじゃない、みんなが苦労した。」
としか言わないだろう。
戦前、戦後の激動の時代を生き抜いた祖母は凄まじい苦労を味わったが、彼女の口から愚痴も恨みも聞いた事がなかった。
あの当時を生きた我々のお爺さん,お婆さんは、国の命運をかけた戦争に勝利するためならばと、小さな自分が出来る限りのことをするのは当たり前の精神で生きていた。
国民全員が日本が亡国となるのを防ぐ為にそれぞれの人生のレベルで必死に闘っていた。
現代のアメリカ化に色塗られた個人主義の死生観や価値観で当時を見るとその色眼鏡のせいで全く違うものが見えてくる。
現代の多くの男子が昔の侍の切腹の儀式をすんなり理解できるわけがない。
当時には当時の日本人の価値観、死生観があった。
「戦争が悲惨」などと、わざわざ教えられなくてもそんな事は子供でも分かる。
お爺さん、お婆さん、お父さん、お母さん、兄弟、親戚、近所の人、お友達、自分も死ぬかもしれないのだから。
平和な未来構築のための戦後処理としての教育
戦後の日本に必要なのはそんな偏った思想教育ではなく、二度と戦争に巻き込まれない為の、平和な未来の為の戦後処理としての教育だ。
つまり、
1.何が原因で望みもしない戦争に突入していくこととなったのか(歴史背景)
2.戦争の裏にはどのような世界の思惑がうごめいていたのか(共産主義の台頭)
3.どういう戦略ミスがあったのか(陸軍、海軍の仲たがい、軍の中での問題)
4.同じ間違いをしない為に日本は何をすべきか(戦後から現在までの世界情勢)
を国民が学ぶことの方が重要なのだ。
戦後の日本は、自分達が今こうして平和に生きている国を守る為に命をかけて下さった軍人さん達を悪く言う人ばかりが幅をきかせるおかしな国になってしまった。
戦略ミスや指導者の責任という点では非難される点があれど、戦った兵士一人一人(我々のお爺さん)は立派に帝国軍人として戦われたし、残された家族も苦しい状況を歯をくいしばって民度を落とさず日本人として生き抜いた。
そこに、現代を生きる日本人が誇りを持って何がいけないのか?
戦後の平和な日本を享受する我々が、先人に感謝の念を抱くことは至って当然のことだ。
【今回は「正しき戦後処理とはなにか:戦争が悲惨など子供でも分かる」について語っていきました。
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