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武尊山

令和元年58座目は標高2158m、上州を代表する成層火山の武尊山(ほたかやま)。

前武尊、剣ヶ峰、家ノ串、中ノ岳、沖武尊(主峰)、西武尊(剣ヶ峰山)、獅子ヶ鼻山と、7座の2000m級の峰頭を連ねる総称で、登山ルートも豊富。深田久弥さんは群馬の名峰を「障壁」という褒め言葉で形容している。

山名はヤマトタケル(日本武尊)から拝したもの。ただし『古事記』や『日本書紀』には武尊山に登った記録はなく、大正時代の『武尊開山史』に後付けで伝承が記された。

2年前の3月に登ったときはロープウェイを使った。1時間ほどで登頂でき、「最も楽な雪の百名山」という罰当たりな印象を持った。

しかし、今回で山の真実と対話するには現代テクノロジーに背を向ける必要があると気づかされる。南西の高手新道からの武尊ほどアップダウンの激しい山を知らない。正直、日帰りの中では最も苦しい部類に入るルートだろう。

令和元年12月19日(木)、有休消化中で無職の自分は休職中の先輩と埼玉の西大宮から川場駐車場の登山口を目指した。この2人が掛け算すれば何が起こる。

見よ、150台も置ける駐車場で我々の1台のみというホラー。この危ない匂いが現実となる。
「ワカンの練習ができるだろう」と軽い気持ちのクライマー2人は、強烈なしっぺ返しを喰らってしまう。

最初は雪も少なく期待外れのスタート。北国の積雪量は例年の4割しかない。JRスキーのキャッチコピーが「この雪は消えない」だが、すでに温暖化の日本から雪は消えてしまっている。

40分で高手山を通過したときも、雪はなし。

先に進むと徐々に雪が出てきて動物の足跡が見える。鹿だろうか?武尊はツキノワグマの生息数が群馬県で一番と聞く。このルートで夏や秋の単独行は注意が必要だ。

2時間30分で西峰の稜線へ。コースタイムが2時間40分なので、我々にしては遅い。原因は昨日に積もった新雪。トレース(踏み跡)がないため、足がズボズボ雪にハマる。踏み抜き地獄。スピードが奪われるだけでなく、骨折の危険性もある。となると、あの武器の出番だ。

人生2度目のワカン。浮力はスノーシューに劣るが、つま先を引っ掛けられるので、雪が深い急登では威力を発揮する。

ワカンに助けられながら10分ほど進むと、ロープウェイが見えた。2年前はここまで楽をしたのだから武尊山の真実などわからない。リフトやロープウェイなど、山と自分の距離・関係性をムリやり縮めてしまう技術は逆に山から遠ざかってしまう。

ゴツゴツの岩峰こそ武尊山。雪山は歌舞伎の女形のようなもの。クライマーを惑わす。

急登のアイスバーンで滑るため、アイゼンの上からワカン装着。悟空とベジータの最強フュージョン。かと思いきや、安定が悪いわ、アイゼンの爪がワカンに引っかかるわで、最低の雑魚キャラに変身。憧れは5分で粉雪に舞った。

剣ヶ峰に達したのはスタートから4時間。コースタイムは3時間20分なので、いよいよ雑魚クライマーになってきた。

しかし、ここで下りては武尊の真実とは対話できない。下山するか一瞬迷ったが、強行突破。
ロシア侵攻から敗退するナポレオンじゃあるまい。「我輩の辞書にエスケープの文字はない」

14時39分、踏み抜き地獄をくぐり抜け、約6時間かかって山頂を極めた。眺望ゼロ。暖冬と微風だけが救いだった。

登山の真実は下山にあり。霧の中を下るが、踏み抜きのせいで脚の関節を痛めている。

髪の毛まで凍る始末。精神的に削られまくったが、下山後の温泉への憧憬だけがガソリン。

17時を過ぎると漆黒が襲う。しかも霧で視界不良。先輩は「頂上まで行くべきではなかった」とつぶやいたが、後悔は微塵もなかった。

これでまたクライマーとして前へ進める。7万円以上したミレーのオーバーパンツが破れて高い授業料となったが経験には代えられない。

駐車場に到着したのは19時ジャスト。下山に5時間かかり、計10時間10分の長旅を終えた。

3年前の甲武信岳では星が出ていたが、今回は何のご褒美もなし。新雪と戦った武尊山。群馬のチェーン店である「おおぎや」の味噌ラーメンに生命の味がした。

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