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好きな言葉

文章を仕事にしているが「いちばん好きな言葉」が選べなかった。「好き」は無数にあるが、確信を持って「いちばん」と言えるものがない。

最も嫌いな言葉は決まっている。「大人」だ。

幼少期、奈良の実家で毎日のように父親と口喧嘩をし、いつも言われるのが「お前も大人になればわかる」。その一撃で話は終わってしまう。

内容は覚えていないが、38歳の自分が聞いても父親の意味は分からないと思う。いまライターをやっているのは、あのとき言葉の重力に押しつぶされた反動。言葉で人の背中を押したい。

だから父親には感謝している。良くも悪くも、自分の半世界は父親。これまでずっと大人になることも拒否できている。そうしているうちに、いちばん好きな言葉が浮かんできた。

「地平線」

言葉の響き、疾走感、虚無感にたまらなく惹かれてしまう。その先に誰かが待っているわけでも、シャングリラがあるわけでもない。

求めているのはどこまでも虚無感。星空よりも宇宙を、宇宙よりも宇宙を感じる。地平線はいつでも最高密度の透明だ。

人類の祖と言われるアダムとイヴ。ふたりはエデンの東に追放されたのではなく、楽園に飽きたのだ。そのとき視線の先に地平線があった。そしてこの世に旅が生まれた。

8年前、故郷の奈良を捨てて上京したのも、週刊プロレスの記者になりたいからではなく、地平線に呼ばれたのかもしれない。

だから毎日、新宿でガラスの地平線を探している。いつか地平線に落書きをしようと。

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