一瞬の夏
石井慧のボクシング挑戦は青天の霹靂だった。発表は大会の12日前。慌てて大阪の宿泊先や深夜バスを手配する。
「ロードトゥ京太郎」を掲げてK-1に参戦していたのに気が変わったのか、インターバルなのか?執着・依存しない「柔」の精神は石井のなかで生きている。
そんな石井が唯一、こだわりを貫いているのが人類最強。どれだけ笑われようが、石井慧は挑戦のリングに向かう。
今回の舞台は8月14日(日)3150FIGHT VOL.3 in 大阪府立体育会館。最高気温34℃。
ボクシングに挑戦する真意は計り知れないが、表向きはUFCに向けての打撃技術を磨くことが狙い。K-1は蹴りがあるのでケガがしやすく、打撃を磨くならボクシングが良いというミルコからアドバイスをもらった。
拳闘の世界に住民票を移すわけではなく、石井の中で色んな競技に挑戦してみたいという夏休みの少年も感じる。35歳の石井慧はいまも「少年時代」を生きているのだろう。
気になるのが木こりのような風貌、無精髭。意図はわからないが、打撃系の格闘技で髭を蓄えるとパンチを恐れているように見える。ヘッドギアの代わり、傷を隠すため、ダメージを軽減させるための思える。特に石井は去年までスッキリした顔をしていたので余計に気になる。
挑戦者の立場であるが、前回のK-1に続いて赤コーナー。石井慧には柔道着のブルーよりも赤が似合う。しかし、ここでも違和感。
対戦相手の高山に挨拶をしたのだ。なんのためにこれから顔面を殴りあうのか?顔面殴打、すなわち人格破壊。ボクシングは相手の未来を奪い合う競技だからこそ殺伐が見たい。
せっかくオリンピックを捨てた石井慧なのに、自分からアマチュアスポーツの空気を作ってしまっていた。
ロシア合宿で鍛えた肉体により無差別級では稀有なシックスパックの腹筋。そこから繰り出されるパンチは会場の空気に重力を与える。軽量級のやんやの歓声とは違う地鳴り。どよめき。
しかし、ボクサー高山秀峰はスピードで翻弄する。スピードは先手を打ち、相手に自分のボクシングをさせない。
第2Rは互いに手数が少なく、攻め手を欠く。そして、カウンターの右フックをもらい石井がグラつく。スピードと防御技術の甘さが露呈された。ボクシングの世界へようこそ。
足の運びができておらず、間合いを自分のものにできない。やはり拳闘は足の競技だ。
第3Rは互いに手数が増えた。石井がプレッシャーをかけ追い詰める。ただし、パワーで圧倒するものの、クリティカルヒットはなし。
最終4R。もはやKOの期待は薄れる。
互いにスタミナが切れ大振りに。力なきパンチが虚しく当たる。
完全に上半身だけで打ったパンチ。腰が入っておらず、これでは相手は倒れない。ただし、心は折れなかった。ポイントは石井。
勝利したものの、石井だけスポンサーがない。この挑戦は吉と出るか凶と出るか。どこまでも孤高の道を歩む。
石井慧が戦っているものはなんのか?世界一強い男になるため、その証明であるUFCのヘビー級チャンピオンを目指す。
そして、もうひとつ。自分との戦い。どう足掻いても北京オリンピック金メダリストの肩書き、レッテルを外せない。金メダルの御光は石井にとって翼かもしれないが、若くして頂点に立った者の呪いでもある。
過去の自分を、金メダリストとしての自分を超える。それが石井慧の無意識の中にある闘い。
同じ金メダリストでも村田諒太はプロの世界で成功を収め、金メダルを超えた。だが、石井はまったく違う世界に住民票を移している。
石井慧がこれだけリングを転々としながらも歩みを止めないのは、自分に挑戦し続けているからだ。石井は過去を超えられるのか?
打ち上げ花火ではなく、線香花火の儚さを薫らせたオールドルーキー。
今を彷徨い、もっと未来を見失ってほしい。時代と和解したら終わりだ。
石井慧は閃光の夏を超えていく。
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