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細分化した推理小説の統合:名探偵コナン
『名探偵コナン』は青山剛昌氏原作の推理漫画で、1994年から『週刊少年サンデー』に連載され、2年後の1996年からテレビアニメ化され、現在に至っている。作者は「殺人ラブコメ漫画」と評していて、主人公である工藤新一=江戸川コナンと毛利蘭の恋愛を軸とした複数の恋愛関係が作中で描かれ、そうしたラブコメを軸としたうえで、様々な事件が発生し、その謎解きが行われるという特徴を持つ。従来、ファンの間ではこの「ラブコメ」としての側面が強く意識されてきたようで、推理漫画でありながら「推理漫画(ミステリー)」としての側面(むしろこちらがメインであるはず)が注視されてこなかったように感じられる。私が知る限り、『名探偵コナン』が推理漫画として公に注目されたのは、テレビアニメ放送開始15周年を記念して発行された『ハヤカワ・ミステリマガジン』の特集号くらいである。
小学生時代にポプラ社版『怪盗ルパン全集』でミステリーに目覚め、中学生時代にアガサ・クリスティーを読んでミステリーにのめり込んだ私は、それに並行して『名探偵コナン』を(主にテレビアニメで)追いかけてきた。生活スタイルの変化や、エピソード(特にアニメオリジナル回)のマンネリ化などで最近は視聴しなくなってしまったが、それでもファンであり続けているつもりである。
日本における推理漫画(推理小説の漫画版)の嚆矢は野間美由紀氏の『パズルゲーム☆はいすくーる』(白泉社)らしいが、市民権を得たのは1992年の『金田一少年の事件簿』の大ヒット以降である。その頃、金田一に続けと言わんばかりに数多くの推理漫画が登場しては消えていったが、その中で『名探偵コナン』が異例のヒットを遂げ、さらには『金田一少年の事件簿』と明らかな違いを持つ作品に仕上がっていることは注目に値する。本記事ではそれについて論じていきたいが、その前に、『金田一少年の事件簿』と『名探偵コナン』、それに『Q.E.D. 証明終了』の3作を推理漫画の代表例として比較しておきたい。
①金田一少年の事件簿
・プロット重視。
・長編(単行本1冊以上)が主体。
・全体を通したストーリーはない(ただし、高遠遙一が宿敵として登場)。
②名探偵コナン
・トリック重視
・短編(連載3回程度で完結)が主体。
・全体を通したストーリーがある(黒の組織との対決)。
③Q.E.D. 証明終了
・ロジック重視。
・中編(単行本の約半分)が主体。
・全体を通したストーリーはない。
『名探偵コナン』のヒットの要因は、ラブコメを軸にしたことによる、ポップな世界観構成によるところが大きい(犯罪、特に殺人事件を扱うと人間の暗部に触れることになり、ストーリーが重くなりやすい)と思われるが、作者が国内外の古典推理小説に造詣が深いことも相まって、単調にならないエピソードづくりが続いていることも一因ではないかと思う。特に、殺人事件一辺倒にならないエピソードづくり(いわゆる「日常の謎」に類するエピソードもある)は『Q.E.D. 証明終了』とともに際立っていて、ファンの裾野を広げるのに貢献した側面もあると思われる。
そこで、改めて『名探偵コナン』を個々のエピソードから分析すると、驚いたことに、ドイル以降に細分化したミステリーの諸ジャンルが見事に再統合されているのである。以下、どこがどのジャンルに属するか検討していく。
①本格ミステリー
言わずもがな、全体を通して「謎の論理的解明」を主体とする本格ミステリーとなっている。特に、毛利小五郎が主体となる(依頼を受けた小五郎にコナンが随行する)タイプのエピソードはほとんどがこれである。ただ、謎解きのトリガーに専門知識が必要となる場合が多く、パズラーとしての難易度は高い。
②ジュヴナイル
特に少年探偵団が主体となるエピソードは明るさが強調され、ジュヴナイルテイストが強く出されている。彼らが当初想定されていた読者層に最も近い年齢であることも影響していると思われる。
③サスペンス
謎解きを軸としつつもスリルを前面に出したもので、劇場版はこの部分が強調されている。原作エピソードでは初期の「歩美ちゃん誘拐事件」などがこれに当たる。
④ハードボイルド
黒の組織関連のエピソードに顕著である。ただし、ダシール・ハメットらが描いたドライな探偵小説というより、西村寿行に代表されるハードボイルド・アクションに近く、西村や大沢在昌らの冒険小説を彷彿させる要素が多く見られる。
⑤警察小説
エド・マクベインの87分署シリーズを彷彿させる職業小説としての警察小説の要素が、警視庁捜査一課をメインに据えたエピソード(「本庁の刑事恋物語」シリーズ)に強く出ている。
⑥スパイ小説
黒の組織関連のエピソードに、FBIやCIAが絡むようになってから、スパイ小説的な要素が強まっている。
⑦怪盗小説
同じ作者による『まじっく快斗』の主人公・怪盗キッドがゲスト出演したことによって、この要素が強まった。あくまで怪盗キッドはゲストであるため、物語自体は探偵であるコナンの視点で描かれ、モーリス・ルブランの作品で言えば『奇巌城』や「白鳥の首のエディス」のような探偵目線の作品になっている。
こうやって並べてみると、『名探偵コナン』が横断的に推理小説のサブジャンルを網羅していることがわかると思う。『名探偵コナン』の特徴の一つに「登場人物の多さ」と「整理された登場人物の役割」が挙げられるが、そうした登場人物の「層の厚さ」が、多様な物語構成に貢献していると考えられる。特に、大元となるストーリーを持ちながら、連作短編の形式を取ることで様々な内容の作品を盛り込むことが可能な点が大きいだろう。
また、特筆すべきは劇場版において、1920~30年代に分化してしまった思考型探偵小説(エラリー・クイーンらのパズラー)と行動型探偵小説(ダシール・ハメットを嚆矢とする捜査重視の探偵小説で、時にアクションを伴う)を融合させることに成功している点である。具体的には「事件発生→その解決のためにコナンがアクションを伴う行動を取る→ただし、事件の謎解きは論理的な推理によって行われる」という構造を劇場版のどの作品も有していて、作品ごとにバランスは異なるものの、おおむね踏襲されている。元来、推理とアクションは相性が悪いと思われがちな気がするが、名探偵の代名詞と言えるシャーロック・ホームズが『四つの署名』や『バスカヴィル家の犬』でアクションを披露していたように、決して「相性が悪い」わけではないのである。
ここまで『名探偵コナン』について分析してきたが、以上のことから、『名探偵コナン』が「細分化されたミステリーの諸ジャンルの再統合に成功した」稀有な事例ということができると思う。そのことが、『名探偵コナン』の成功に繋がり、現在に至るロングランの元になっているのは間違いないと思われる。
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