世界奇談集 第2話 ひとりでに動く棺
19世紀の初め、カリブ海に浮かぶバルバドス島にて、後に西インド諸島全域で伝説化する怪奇現象が起こった。この現象は、ほぼ200年が経過した現在でも解明されていない謎のひとつである。
1812年7月6日、10歳の少女ドーカス・チェイスの遺体が棺に入れられて、舞台となるキリスト教教会墓地にあるチェイス家の地下墓所に運ばれてきた。ドーカスの父トマス・チェイスは奴隷所有者で、無慈悲な男として知られていた。娘のドーカスは父の黒人奴隷に対する非情な仕打ちに抗議し、絶食して死んだとの噂だった。封印のためのセメントを削り落とし、重い大理石の戸を開けると、葬儀の参列者は中の様子がおかしいことに気がついた。この時チェイス家の地下墓所にはトマシーナ・ゴダード婦人の棺と、ドーカスの妹メアリ・アンナ・マリア・チェイスの棺が安置されていたのだが、2つの棺は明らかに元の場所から移動している。人々は口をつぐんだまま棺を元の位置に戻し、さっさと墓所の石戸を閉じて封印してしまった。このおぞましい行為が何者によるものなのか、考えるまでもない。黒人労働者たちの仕業だ。土地の白人たちは誰しもがそう思った。
それからわずか1ヶ月後の8月9日、トマス・チェイス自身が棺に入れられて運ばれてきた。大人8人がかりで運ばれてきた鉛製の棺は、娘たちと共にチェイス家の地下墓所に安置される。この時は何も異変はなかった。墓所は前回と同じようにセメントで封印された。
4年後の1816年9月25日、生後11ヶ月で死んだサミュエル・ブリュースター・エイムズの小さな棺が墓所に入ることとなった。戸を開けてみると、4つの棺は「ひっくり返っていた」。今回も棺を元通りにきちんと並べ、墓所をセメントで封印した。
同年11月17日、エイムズの父サミュエル・ブリュースターの遺体が他の墓所から移されてきた。この男は4月に起きた黒人奴隷の反乱で命を落とし、セント・フィリップ墓地に仮埋葬されていたのだ。この頃にはチェイス家の地下墓所ミステリーは巷にすっかり知れ渡り、見物人が押し掛けてきていた。墓所の戸を開けると、中は期待通りの混乱ぶりだった。棺は全て移動し、特にゴダード婦人の木製の棺はくずれかけている。棺が相当激しく動いたことを示していた。針金でしばって応急処置をした。墓所内部を調べてみるが、特になんの異常も見られない。戸の封印も異常はなかった。黒人労働者の仕業だとしても、彼らがどうやって侵入したのかが問題だった。
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