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「張り込みにはパンと牛乳を③」

午前9時の新宿御苑。


爽やかな鳥たちの囀りと、御苑を散歩する老若男女のほのぼのした会話が聞こえてくる。

眠らない街・新宿と言われる繁華街の近くにありながら、新宿御苑は心地良い空間を作り出している。だが、待ち合わせの時間に30分遅れていることで、和さんの機嫌を損ねないか心配で気が気では無い。


「和さん、すみません、目覚まし時計がなぜか鳴らなくて…」

ベンチに腰掛ける和さんらしき中年の男性は、カーキの帽子に錆びれたコートに身を包み、遠くにいてもいかにも刑事という風合いを醸し出しているので見つけることが容易に出来る。遅れた理由を矢継ぎ早に口にしながら私は声を失った。


「おお、聖也、来たか」

落胆の表情を浮かべた和さんがこっちを見た瞬間、その影から見慣れたシルエットの中年女性が顔を出した。


「聖ちゃん、遅かったのね。ダメよ、和さんとの待ち合わせに遅刻しちゃ。お母さん、和さんに謝っておきましたからね」

そう言いながら和さんの横に座っていたのは、またしても私の母の「丸山玲子」だった。


「朝から本当にお前たち親子は…」

ベテラン刑事の和さんが、少しかすれた声でそう言った。


「和さん、信じてください。私は母にハメられたんです。一昨日の晩に父と連絡を取ってから、母の様子がおかしかったんですよ。昨日の晩はカップ麺がテーブルにポンと置かれていて、それが夕飯だったんですよ。料理家の出す夕飯じゃ無いですよ、まったく」

ロンドンに住む父とは年に数回連絡を取るのだが、母はその事を快く思っていないらしい。いつもは母に気づかれないよう連絡を取り合っていたのだが、一昨日は見つかってしまったのだった。


「聖也、お前のことだから玲子さんに現場を教えてはいないのだろうけど、家庭の問題を職場に持ち込むのはいずれにせよダメだ。ただでさえ派手な身なりの親子なんだし、お前は特に目立ちやすいのだから、もう少し刑事としての自覚を持つようにしないとな」

和さんがいつものように「刑事とは」を語り始めようとした。


「しかし、母さんはどうやって今日の現場が分かったんだ?しかも和さんとの待ち合わせの時刻に遅れさせるなんて…」

和さんの話を遮るように自分の疑問を母にぶつけてみたが、母はさらりと質問をかわしてこう答えた。

「あなたたち、そろそろ容疑者に動きがありそうよ」


その言葉を聞いた瞬間、和さんは思い出したかのようにいつもの台詞を口にした。

「あ、あ、よし、そろそろ動きがありそうだから、その前に聖也、悪いがパンと牛乳を買って来てくれないか?」

今日の和さんはすっかり母・玲子のペースに飲み込まれてしまい、得意の決め台詞もどこか棒読みになってしまった。いつもなら「合点承知!」と言わんばかりの台詞を私も返すのだが、今日はそれを言うことで同じ舞台に立ってしまう自分がもどかしいので聞こえないふりをした。すると…

「おあつらえ向きの展開になって来ましたわね。今日の差し入れはこちらをご用意してありますの」

そう言って母・玲子がバスケットからお茶とお菓子を出し始めてしまった。



「新宿御苑って、本当に素敵よね。都心の割には植物も多いし芝生も広がって、何にも予定がなければ一日のんびりしていたいところよ。きっと、聖ちゃんに子供が生まれたら、家族でお散歩するのには良い場所よ。敷物敷いてサンドイッチやお弁当を広げながら、みんなでのんびりするの。聖ちゃんがどんな女性と結婚するかと思うと、お母さんは夜も眠れないわ。それに、あなた、最近ディーンに似てきているでしょ…」

母・玲子は手際良くお茶とお菓子を広げながら、自分の理想を語り始めて父の文句を言いそうになった。


「おお、これはスパイスの良い香りが広がって美味しそうだね。何のお茶だろう?」

私はこの混沌とした状況から抜け出すために、いつもよりも大袈裟に差し入れに興味のあるフリをして、話題を変えて母に振った。



「え、そう、そうなら良かったわ。今日用意してきたのは8種類のスパイスと厳選されたルイボスティーで作るスパイスティーよ。本来ならミルクで煮出せばチャイになるものを、敢えてストレートティーで持ってきたの。だって、聖ちゃんお腹弱いでしょ」



春の寒暖差による体温調整におすすめ!ホットスパイスティー(4人分)

材料:有機ルイボスティー 6g

   スパイス

   アニス、リコリス、フェンネル、

   カルダモン、ペッパー、シナモン、

   ジンジャー、クローブ 計4g(各0.5g程度)



「体を温めるシナモン、風邪予防にアニスとペッパー、温めてから解熱するジンジャー、消化するのを助けるフェンネルやカルダモン、リコリスが程よい甘さを出してくれるから、後味は美味しくなるし、ルイボスは先端の高級なところを使っているから自然の甘みと鉄分、ミネラルがピッタリなの。それと今日のお菓子はわらび餅よ」




日本庭園や情緒のある場所にピッタリのわらび餅(4人分)


材料:片栗粉 100g

   アガベシロップ 50g

   水 500cc

   きなこ 大さじ4〜5

   みつ 

   きび糖 120g

   水 100cc




「もちろんこんな素敵な場所だから、日本茶と和菓子でもいいのだけれど、まだちょっと肌寒いからスパイスティーで体をしっかり温めて、それでお散歩したり観光する方が体にも良いと思うの」



「玲子さん、いつもお気遣いありがとうございます。ですが、どうかそのお気遣いも今回で最後にしてくれませんかね。私とあなたの間柄だから、こんなことは言いたくないのだが、これだと聖也が母親に頭の上がらない若者になってしまう。そう思いませんか?」



和さんが私のために最もらしいことを言ってくれた。その瞬間、母の口から思わぬ言葉が出た。



「和さん、アイツよ!」




つづく

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