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温泉研究家物語 第三話「九州の地獄巡り」
温泉研究家物語 第三話「九州の地獄巡り」
一 温泉の王国・九州へ
千路座右衛門と希依が次に目指したのは、「温泉王国」と称される九州。その中でも今回の目的地は大分県別府市だ。別府は日本でも屈指の温泉地であり、多種多様な湯が湧き出る地として知られる。その中でも「地獄めぐり」と呼ばれる温泉群は、地元の人々だけでなく観光客にも広く親しまれている。
「地獄とは……面白い名だな。湯が灼熱の地を彷彿とさせるゆえか?」
千路座右衛門が尋ねると、希依は笑顔で頷いた。
「そうです。地獄といっても観光名所です。湯の色や特徴がそれぞれ違っていて、見た目も楽しめますよ。でも昔は、本当に地元の人たちから恐れられていたらしいです。」
「なるほど。湯が人を惹きつけるばかりか畏怖の対象ともなるとは、興味深い。」
二人は新幹線と特急を乗り継ぎ、別府の町へと向かった。車窓から見える豊かな自然と湯けむりが立ち上る風景に、千路座右衛門は驚嘆の声を漏らした。
「まさに湯の国だな……この地の温泉をすべて記録するのは、容易ではあるまい。」
二 地獄めぐりの始まり
別府に到着した二人は、早速地獄めぐりを始めることにした。最初に訪れたのは「海地獄」。コバルトブルーに輝く湯が広がる光景に、千路座右衛門は目を奪われた。
「なんと美しい……まるで水の鏡だ。しかし、この色はどうして現れるのか?」
希依がタブレットを使いながら説明する。
「この青色は硫酸鉄と硫酸アルミニウムの成分によるものです。温度は98度近くあって、とても入浴には適しません。でも、この鮮やかな色が観光客に人気なんですよ。」
千路座右衛門は感心した様子で頷き、持参した巻物に記録を取った。
「この湯は、まさに自然が創り出した芸術だ。だが、これほどの高温の湯が、いかにしてこの地に留まっているのか?」
地元の案内人からは、別府温泉郷が火山活動によって生まれたこと、そして地下の地熱が湧水を温めているという説明を受けた。千路座右衛門はその仕組みに感嘆しつつも、江戸時代には知り得なかった科学的事実に目を見張った。
三 地獄の多様性
次に訪れたのは「血の池地獄」。真っ赤に染まった湯が不気味に湧き上がる様子に、千路座右衛門は思わず足を止めた。
「これほどの赤い湯を目にするのは初めてだ。この色は鉄か何かか?」
「そうです。酸化鉄が主な成分で、昔はこの泥を使って薬を作ったりしていたんですよ。」
希依が補足するように答える。
その後も「白池地獄」や「鬼石坊主地獄」など、さまざまな地獄を巡り、それぞれの特徴を記録していった。地獄によって湯の色、温度、成分が大きく異なることに、千路座右衛門は強い関心を抱いた。
「これらは単なる湯ではない。地中の奥深くで織りなされる力が、地表でこのような姿を見せるとは……。」
「別府の温泉って、地球のエネルギーを間近で感じられる場所なんですよね。」
希依の言葉に、千路座右衛門は深く頷いた。
四 温泉文化と未来への課題
地獄めぐりを終えた二人は、別府の町を散策しながら地域の人々と交流を深めた。地元の温泉施設の経営者からは、観光産業の成功と同時に抱える課題について話を聞いた。
「観光客は増えたけど、地元の人が気軽に通える公共の湯が減ってきているんです。昔ながらの湯治文化を守るのは難しいですね。」
経営者の言葉に、千路座右衛門は深く考え込んだ。
「湯が人々の癒しをもたらす場であるのは、時代を超えて変わらぬ事実だ。しかし、その在り方が変わりつつあるのだな。」
一方で、希依は現代の技術やインフラが温泉文化を支えていることを指摘した。地熱発電や温泉熱を利用した農業など、新しい取り組みも存在している。
「江戸時代の温泉文化を大切にしながら、現代ならではの活用方法を考えるのが大事ですね。」
五 次なる目的地へ
別府での調査を終えた二人は、新たな知見を得て次の目的地へ向かう準備を整えた。九州にはまだ訪れるべき温泉が数多くあり、彼らの旅は続いていく。
「別府の湯は、多様性と地球の力を感じさせる貴重なものだった。次はどのような湯に出会えるのか、楽しみだ。」
千路座右衛門の言葉に、希依も笑顔で応える。
「私たちの旅はまだまだ続きますね。次はもっと驚くような温泉が待っているかもしれません!」
二人は温泉文化の過去と未来を繋ぐための旅を続ける。次なる地で待つ、新たな湯との出会いを胸に――。
第三話完