一度達成してみるといい
※この文章は今までよりも長めになっております。また、最後には「#勝手にアドベントカレンダーを終えて」といった内容の文章も書いております。本編のみ読みたいという方は"~~~~~~"までお読みください。
なんと、この毎日投稿健康生活も、早1ヶ月となった。
本当によくやったと自分に言ってやりたい。
この連続投稿を始めた当初は、今までと同じく、どうしようもないくらいに「書きたい」という衝動にかられ、思いのたけをありのままに、やや暴走気味に書き上げ、ネット上に投げていた。
大体物事のはじめというものは、気合が入っていたり、やる気に満ち満ちていたりするものだ。新しいことを始めた瞬間は、まさに希望の権化のごとく光り輝いている。
そんな輝きも3日もたてば、かすんでしまい、1週間もすれば、果たしてその時自分は、本当に輝いていたのかと思うほど、記憶を失ったかの如く、普通の生活に戻ってしまう。
継続することは本当に困難なことである。
人はやる気によって動かされていると錯覚しているので、やる気次第で行動できるかできないか、判断してしまうので、難しいと考えてしまう。
なにかをやり通すことが難しいのではなく、本質的なこととして、「やる気」が続かないのである。「やる気」というものはずっと力を入れ続けている状態を表すと私は思っている。というと、多分続かないことが容易に想像できると考える。ずっと力を入れ続けられる人がいたら是非、トライアスロンなんかに挑戦してもらいたい。
ただ、私は何故、この記事を書き続けるという行為を継続することができたのか。それは気張らなかったからである。
私はこの半年間、自然に継続することをtrainingしてきた。具体的には筋トレやstretch、論文checkなどの何気ない日常のroutineをこなしてきた。これらを実行してきたということは、筆者はさぞ優秀な人なのだろうと思う方もいるかもしれないが、それは全く逆である。今までの人生でこういったことは、続いても1週間ほどがオチだった。
ならなぜ半年も継続できているのかというと、頑張らないということを頑張ってきたからである。簡単に言うと自分がどんな状況であったとしても、続けられるようにmenuを組んだことである。
こういったroutineを組み始めるときに限って「やる気」という虚構の存在が現れて、我々に保険を提供してくる。こういったやる気には罠がある。それは「やる気がなくなったらやめればいい」というものである。あの時はやる気があったからできた。今はないからできない。そういった逃げ道のために、やる気というものがそっと手を伸ばしてくる。
だからこそ続けるために必要なことは、やる気なしにできることなのである。そして、そのmenuを1週間続け、2週間続け、3週間続くようになると、自分に達成感が出てくる。継続できたという達成感が。
これを味わってしまえばこっちのもので、そこからは、多少の負荷をかけていくことができる。もちろんここで思いっきり荷重をかけてしまえばまた潰れてしまうので、guraduallyに困難にしていくことが重要である。
こうして続けることそのものの楽しさ、充実感を味わったことで、新しいことを始めること、そして続けることが苦になることが次第になくなっていった。
簡単なことであっても達成感を感じるという素直な心は、自分に自信を持つために必要なことだと思う。自己肯定感が欲しいという人はいきなり肯定しようと模索するよりも、自分は頑張ることはできないんだと割り切る、「自己否定感」を素直に受け入れることから始めるべきなのかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここまで、読んでいただいた皆様ありがとうございました。この記事を持って#勝手にアドベントカレンダーを終了したいと思います。と同時に、毎日投稿を一旦区切りとさせていただきたいと思います。
理由としては、
1. 毎日投稿できるほどのネタが無くなったこと
2. 質より量の段階を終えて、量より質の文章を書きあげていくための充電期間に入ろうと考えたこと
3. 修論執筆のための時間に充てようと思ったこと
と考えたからであります。
ここまで継続できたことは私だけの実力ではなく、話題を提供していただいた皆様や、私の記事を読んで反応してくださった皆様のおかげです。ありがとうございました。
ただ、ここでぷっつりと記事を切らしてしまうことはもったいないとも思っていますので、週に1回ほどは更新できるように精進したいと考えています。(もしかしたら、月に1記事になってしまうかもしれませんが...)
今後とも私yamaterousをよろしくお願いします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?