ビールの売り子をやってみた話
大学生の頃、ビールの売り子アルバイトをしていた。
「ビールの売り子ならプロ野球の試合見放題じゃね!?」と思ったことがきっかけである。
けれども、そんな甘ちゃん甘ちゃんな考えは、通用しなかったのだ。
売り子のアルバイトは、一言で表すと「大変」である。
しかし、歩合制なので「稼げる」というのも間違いではない。
いざ、ビール売り子のアルバイトを始めてみると、大変な肉体労働だったのだ。
何十キロと重い樽を背負い、階段の登り降りを繰り返す。
樽の中身が無くなったら、自分の陣地に戻り補給する。
そしてまた重い樽を背負ってお客さんのもとへと向かうのだ。
測ったことは無かったが、相当歩いていたような気がする。
ビールやおつまみを買ってもらい、お金を受け取り会計をする。
電卓も何もないから、自分の頭の中だけで判断をするのだ。
お会計を間違えて、足りなくなってしまったらその日の給料から引かれてしまう。
汗をかきながらヒィヒィと動き回り、計算をしなくてはならなかった。売り子以外の仕事でそんなことが該当するものがあるのだろうか。
ビールの注ぎ方の練習は事前に少しだけした。本当に少しだけ。というよりやり方を聞いただけだった気がする。ぶっつけ本番でスタンドへと出された。
初めてのスタンドで、緊張していた。
手を上げてくれているおじさんの元へ行き、ビールを注いだ。
慌てて慌てて、震えた手が収まらず、カップの半分が泡になり、尚且つ溢しまくった。
「す、すいません……‼︎」と謝る僕に対して、ため息をつきながら、「あぁ、いいよ、いいよ」とお金を支払ってくれた。
あの人は良い人だった。あのおじさんはめちゃくちゃに良い人だった。今になっても謝りたい。
徐々にビールの注ぎ方は慣れてくるのだが、野球の試合なんぞは一切見ることができないくらい忙しかった。
そして何と言っても、女性の方が圧倒的に売れた。
確かにそうだ。自分がお客だとしても、可愛い女の子からビールを買いたいと思うだろう。
同じ銘柄を持って同じ道を歩いているにも関わらず、僕の「ビールいかがですか〜?」の掛け声には見向きもせず、少し後ろを歩いていた女の子を呼んでいた。
そんなもんは致し方無し。圧倒的に、男が負けるのだ。
それでも時給の良いアルバイトくらいは稼ぐことができた。
トップ売り上げの女の子は、僕の4倍くらいもらっていただろう。
貴重な体験ができたので、僕は感謝している。
けれども、僕は、ビールが嫌いだ。
僕を見逃して、後ろの女の子からビールを購入したおじさんくらい嫌いだ。