雑誌を作っていたころ085
平台と輪転
最近、「平台(ひらだい)」という言葉を知らない編集者に出会って驚いた。昔は常識というか、知らなければ編集者として満足に仕事ができないはずの言葉だったからだ。
少し解説すると、平台とは別名「枚葉機(まいようき)」といって、輪転機に対するもの。輪転機がロールぺーバーに印刷するのに対して、平台はシートペーパーに印刷する。輪転機は大部数で安価な印刷物に適しているが、平台は比較的少部数または精密な印刷に向いている。
なぜこれを知らないと編集ができないかというと、平台と輪転では印刷納期が違うからだ。輪転機は高速印刷ができる上に、ロールペーパーを使うので、折り加工の工程が印刷機に付属している。巨大なトイレットぺーバー状の印刷用紙が、反対側からは16ページないし32ページ単位の折本(おりほん)になって出てくる。それを製本工場に運んで、ページの順番に並べ、製本すると完成だ。
それに対して平台の場合は刷りっぱなし。印刷用紙と同じ大きさの紙が印刷されて出てくるだけだ。だから断裁と折り加工は製本工場に運ばれてからの処理になる。輪転機は両面印刷と折り加工のためにインクを熱風乾燥する工程もついているが、平台にはそんなものはない。両面印刷をするためには、片面が乾くのを待つ必要がある。折り加工もインクが乾かないとできない。したがって、平台の方が納期がかかる。
たとえば10万部の雑誌が部数を落として5万、4万と減っていった場合、どこかで輪転機から平台にチェンジされることになる。輪転機は紙のロスが多いために、少部数だと歩留まりが悪くなるのだ。ぼくらのころは、2万5000部くらいが限界と言われていた。すると、ある日を境に〆切が3日くらい早くなる。そうなったら大変だから、編集部は何としても輪転機での印刷を死守しようとする。売上げよりも自分たちの生活リズムを重視してのことだ。
なぜ平台と輪転の違いを知らない編集者が出現したかを想像すると、昨今の出版社における人事が見えてくる。おそらく大部数の雑誌と書籍の編集部で、人の入れ替えをやっていないのではないだろうか。書籍と少部数の雑誌しか知らなければ、印刷機はすべて平台だからだ。
話はがらりと変わるが、大昔に青人社でFAXを初めて導入したとき、機械音痴の社長から「これは輪転機だね」と言われて笑った覚えがある。たしかにロールの感熱紙を使っていたから、輪転機と言えないこともない。現在わが社で使っているFAXは、カラー複合機だからシートペーパーを使う。とすると、FAXにおいては輪転機から平台に格下げになったということか。
その昔、東京印書館という印刷会社には輪転機がなかった。A4倍判という化け物のような4色オフセット印刷機や1色グラビアの平台、地図印刷に使う8色オフセット印刷機はあっても、多額の投資を必要とするオフセット輪転機、通称「オフ輪」は置けなかったのだ。それがある日、2台のオフ輪を装備することとなる。「オレンジページ」という大部数の雑誌の印刷を受注したからだ。
2台の真新しいオフ輪は、それぞれ「オレンジ1号」、「オレンジ2号」と名付けられ、お披露目の日には盛大なパーティーが開かれた。下っ端編集者だったぼくも招かれ、営業担当者から「早くこの機械で刷れるような雑誌を作ってくださいよ」と言われた。結局その機会は来ないまま、現在に至っている。
「ドリブ」という雑誌は、創刊時にはグラビア輪転機、やがて部数を落としてオフ輪、最後は平台で刷っていた。グラビアは刷版(さっぱん=ハンコに相当するもの)が高価なので、当時は20万部以上の雑誌でしか使えなかったのだ。ひとつの雑誌で3種類の印刷機を経験したという例は、あまりないと思う。
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