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雑誌を作っていたころ088

メルマガ「おちゃのこ通信」

「雑誌」という定義に当てはまるのかどうかはよくわからないが、「メルマガ」の制作をお手伝いして16年になる。「おちゃのこ通信」という、ECショップオーナー向けの隔週媒体だ。メールマガジンという媒体はSNSに押されて廃れ気味のようだが、このメルマガは1号を読み切るのに1時間以上かかるという内容の濃さが特徴の媒体だ。その3分の1くらいをぼくが毎回書いている。

月額わずか500円でネットショップのオーナーになれるという「おちゃのこネット」の存在を知ったのは、ずいぶん前のことだ。アスキーのネットショップ情報誌「インターネットでお店やろうよ」の取材ライターとして仕事をしていたからなのか、創業塾や「開業マガジン」の関連で全国各地のECショップオーナーの団体に向けて講演活動をしていたからなのか。そのあたりはもう忘却の彼方でよくわからないが、とにかく神戸にあるこの会社のことはよく知っていた。

そのおちゃのこネットの岡野社長から「メルマガの編集長を引き継いでください」という依頼があったのは2008年の早春だ。前任者が退職したので代わりに、という話だった。仕事は隔週発行のメルマガに書評を1本載せることと、校正をすること。あとは巻頭の挨拶と編集後記を書くことだ。不安定なぼくらの仕事において、レギュラーの仕事はとにかくありがたい。喜んで引き受けた。

第1回目の書評原稿は、岡野さんからボツをくらった。「読者対象に合ってない」とのことだった。もっともな指摘だと思ったので、当時自分が編集して発刊したばかりの本を取り上げた。『儲かる会社の社長の条件』というタイトルの本だった。

インターネットが普及して、誰でも自宅のパソコンから全国はおろか全世界にアクセスできる時代になって、ネットショップの大ブームがやってきた。ホームページをいじれる人たちが先駆者となって、にわか長者が雨後の竹の子のように出現し、社会現象になった。先駆者に続けとばかりに、全国にネットショップが広がったのだ。

といっても、誰もがゼロからホームベージを立ち上げられるわけではない。そこで、「特別な知識がなくても、ブログ感覚でネットショップが作れる」という謳い文句のサービスが次々と出現した。おちゃのこネットはそんな中にあって、おそらく最安値のサービスだったと思う。月額わずか500円でスタートできるのだから。

このメルマガでは、書評の代わりにユーザーインタビューを掲載することもあった。その取材で各地を駆け巡った。雑誌編集者だったころを思い出した。やっぱりこの仕事は自分に合っていると、全身がぞくぞくした。

以来16年余り。途中からECコンサルタントの太田哲生氏による超辛口ショップ診断の「EC仙人の『ダメ出し!道場』」もスタートした。大人気のこの連載も、すでに300回を超えている。

この連載では、毎回応募のあったネットショップを太田さんがじっくり訪問し、徹底的にダメ出しをする。愛のあるダメ出しなのだが、言葉はなかなか辛辣だ。それに耐えきれず、怒りだしてしまったショップオーナーも以前はいた。

ただ、太田さんの指摘はまったく正当なものだ。それは毎回校正しているぼくの目から見て明らかだ。あまりにも近視眼的になっているショップオーナーに目を覚ましてもらいたいという愛の鞭なのである。最近は電話インタビューも併用するようになったので、以前よりもショップへの理解が深まった。

太田さんの指摘でよく目にするのは、ショップオーナー側の「自分の当たり前は客の当たり前ではない」という意識の欠落である。特に専門ショップに多く見られる傾向がある。専門用語や専門知識をお客さんはわからないという視点が抜け落ちていることが多いのだ。また、自分達の特徴や思いのアピールが不足しているという指摘も多い。

これは必ずしもネットショップだけのことではないと思う。人はつい、自分の当たり前が他人にとってはそうでないことを忘れてしまう。そのことは、編集者でもライターでも、決して忘れてはいけないことだ。

メルマガの発行日は、隔週木曜日。ぼくはそれに合わせて書評の原稿を書く。中小零細ショップオーナーの役に立ちそうな本を選び、読破してから紹介文を作っている。だいたいその作業が水曜日の夜までに終わる。

太田さんの原稿が届くのは、水曜の夜か木曜の朝だ。夜中までに届かないと、いったん寝て早起きする。6時ころまでに届いていれば、それから原稿チェックと原稿整理をして、朝一番で入稿だ。すると担当の刑部さんがお昼までには校正を出してくれる。それをチェックして、直しがあれば指摘し、校了となる。

流れは紙の雑誌と同じだが、すべてメールでのやりとりなので、ここ何年も太田さんやおちゃのネットのみなさんとは顔を合わせていない。以前は関西出張のついでに立ち寄らせていただいていたのだが、最近は出張取材もせわしなくなっているので、なかなか時間が取れずにいる。世の中が少しずつ世知辛くなっているのだ。

ぼくが担当している書評は、時代の変化で少し変わった。以前は本の価格はひとつしか表示しなかったが、今は電子書籍と紙の本の両方の値段を出している。好んで電子版を買い求める人たちが少しずつ増えてきたからだ。ぼくもその一人なのだが。

願わくば、この仕事が20年、30年と続いてほしいものである。


担当した最初の「おちゃのこ通信」


最新刊。

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