スイミングとアクアウォーキング
「休養―入浴法」の節で、ヒトは水辺で進化したという「アクア説」について紹介しました。
人類学界では異端説とされているようですが、森林から草原に降り立ったヒトの祖先がいきなり二足で歩き始めたと考える「サバンナ説」より、よっぽど説得力があるのではないでしょうか。
少なくとも生来ヒトが水辺の環境を大好きなことは、誰もが認めるところだと思います。
水の近くで過ごしていると、それだけでヒトは癒されます。
2015年イギリスでの研究では、水族館の巨大水槽の前に立っているだけで気持ちが落ち着き、穏やかになっていく人が多いということです。
また2016年ニュージーランドで行われた調査によると、海に近い空間にいることで心理的苦痛は低下するそうです。
海洋生物学者のウォーレス・J・ニコルズ博士は、その著作『Blue Mind』の中で、「肉体的、社会的、感情的な健康のための一番の薬は水」であると言っています。
サーフィンやシュノーケリング、スキューバダイビングといったマリンスポーツが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やがん患者などの治療に効果がある、という研究報告も世界各地の医療機関で挙げられています。
水に浸かると、脳内のエピネフリンとドーパミンのバランスが、瞑想をしている時と同じように変化するそうです。
ジョギングやウォーキングを長時間続けた時に感じる「ランナーズハイ」と同じような状態が、からだを水に浸した途端、立ち所に訪れるのだということです。
海や川、湖やプールで泳ぐことで、陸上のストレスから解放され、頭の中が真っ白になって、多幸感や高揚感を感じます。
そしてこの「スイマーズハイ」の効果は、丘に上がってからもしばらくの間継続してくれます。
泳ぐのが苦手、という人でも、水中でからだを動かす事は、陸上では得られない、様々な効果をもたらしてくれます。
水の浮力によって抗重力筋がリラックスできる上、腰や膝の重量負担が減るため、関節の痛みを気にすることなく、全身の筋肉を使うことができます。
からだ全体に水圧を受けながら運動する事で、血液循環が促進されて心臓の負担が減り、逆に肺や呼吸筋の働きが高まります。
また体温より低い水温の中では、エネルギー代謝が上り、カロリー消費が増えて全身の運動効果が高まるほか、水の持つ粘性効果を使えば、負荷をかけたいからだの部位を選んで部分的に強化させることも可能です。
水中での運動には、ダイビングやシュノーケリング、アーティスティックスイミングなど様々ありますが、道具が要らず1人でも気軽にできるという点では、スイミングとウォーキングが双璧です。
中でもウォーキングは、誰もが練習いらずでできるため、アクアエクササイズを始めるにあたっては最適だと思います。
なんと言ってもアクア説によれば、ヒトは陸上を歩くより先に、まず水中で二足歩行を始め、それによって直立できるようになったというのですから。
700万年の昔、アフリカ大陸東部に巨大な南北の割れ目が形成され、インド洋から大量の海水が流れ込んできました。
元々一面の密林だったこの地域に住んでいた霊長類たちの一部が、海中にできたダナキル島に取り残され、陸と海の両用生活を余儀なくされた結果、ヒトという新種のサルが誕生することになったといいます。
彼らは食べ物となる魚介類を探すため、積極的に海中に入り、必死になって歩き回ったことでしょう。
深瀬でも届くように後ろ脚を海底に向けて長く伸ばし、収穫物を海面上に持ち上げて運べるように、肩を横に張り出して腕を自由にさせました。
足の届かないところでは手足を動かして、浮力や推進力を起こすための道具として働かせました。
その結果、ヒトはクロールや平泳ぎといった泳法ができる、唯一の動物となったのです。
水深1.2mの水中を時速5kmで歩いた場合、陸上を時速9.6kmで歩くのと同程度の運動効果があるそうです。
身体活動の強さで言えば、6.8メッツに相当します。
水底を強く蹴る要素を加えたアクアジョギングになると、9.8メッツの運動強度となり、ランニングや自由形の競泳にも匹敵します。
アクアウォーキングの特徴は、からだにかける負荷の大きさを自由に調整しながら楽しめることです。
アフリカ大地溝帯の海中でヒトが二足歩行を始めた頃を思い描きながら、いろいろな水中歩行方法を試してみてはいかがでしょう?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?