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融合 統合意識モード

前回はこころの成り立ちに対して情報や神経科学の見方から切り込んでいる、「意識の統合情報理論(IIT)」について紹介しましたが、今回はこころの統合について全く別の視点からアプローチしている「統合意識モード」について書きたいと思います。

アリゾナ州立大学のSchool of Human Evolution and Social Changeで、人類学とグローバルヘルスの講座を持っているマイケル・ウィンケルマン准教授は、シャーマニズムやサイケデリック医療についての専門家です。
彼はあらゆる文化の宗教体験やスピリチュアリティにおける意識のあり方は、広く共通する要素を持っているとして「変性意識=Altered Consciousness (AC)」と呼んでいます。
それはチャールズ・タートらの言うような個人的体験としての「変性意識状態=Altered States of Consciousness (ASC)」とは異なり、生物としてのヒトの本性に根ざす本来的な認識現象であることを強調しての命名だとウィンケルマンは言います。
そしてこの神経現象学的なACの考え方は、生物が持つ脳の機能的あり方としての「意識モードModes of Consciousness(MoC)」を基盤としています。

意識モードはヒトだけでなく様々な動物種に共通する機能で、その生物の日常的行動パターンと恒常性バランスに依拠しており、次の4つがあります。
① Waking(覚醒)モード:学習や適応、摂食など、生存のためのモード
② Deep sleep(睡眠)モード:身体機能の回復や再生、成長のためのモード
③ Dreaming(REM=夢)モード:記憶の整理や統合、編集のためのモード
④ Integrative(統合)モード:精神性の成長や社会的、心理的統合のためのモード
このうち覚醒モードと睡眠モードは動物一般に日常的に観察され、夢モードは哺乳動物の大部分とも共有していますが、統合モードはヒトだけに見られる特有の「変性意識」だということです。

統合モードにある時、ヒトの脳内では古哺乳類脳である海馬−中隔システムが主導して、情動を司る扁桃体−辺縁系や、ホメオスタシスを統御している視床下部などを活性化させているといいます。
本能(脳幹)+ 情動(辺縁系)+ 知性(大脳皮質)という各階層が連動して、三位一体脳となり、それがこころ(プシュケー)として統合された状態となるのです。
また神経伝達物質であるセロトニンが広く作用し、アルファ波やデルタ波がシータ波と同期して、徐波によるコヒーレンスの増大が左右の前頭葉間で起きることで、直感的知性と分析的知性の融合がもたらされます。

変性意識のルーツは直立二足歩行による長距離走にあり、捕食動物から逃れる時や獲物を追いかける時の「ランナーズハイ」から始まった、とウィンケルマンは指摘します。
極限の身体的ストレスが交感神経に過負荷をかけ、関連部位である左脳の視床下部~扁桃体の能力を飽和させることで、連絡している右脳の扁桃体−海馬を通じて副交感神経までをも巻き込み、通常の覚醒モードとは違う意識状態を実現させたのだということです。
走り続けている時と同じような意識の変性状態は、飢餓体験や長期の不眠、怪我や病気で痛みを感じている時など、身体的なサヴァイバル状態に対する適応としても起こります。
またマジックマッシュルームに含まれるサイロシンやサイロシビンなどの幻覚物質を使用した時にも、同様の意識状態が現れます。
サピエンス数万年の歴史の中で、意識の専門家たるシャーマンたちは、こうした変性意識に対する経験と知識を集積させ、多種多様な技法を駆使して部族内の個人や集団の治療に役立たせてきたのです。

統合意識モードは宗教的儀式や精神修養には欠かせない意識のあり方ですが、私たちの日常の様々な場面においても体験されます。
熟達した作業をしている時の「フロー」状態や、スポーツ活動時の「ゾーン」などがその好例ですが、アルコールやニコチン、コーヒーのカフェインや唐辛子のカプサイシンなどの化学成分によってももたらされます。
またヒトが自らの意識状態をキャッチしコントロールするための手段として、古くから瞑想や観想が活用されてきました。
変性意識は決して特殊で怪しいものではなく、ヒトのからだや脳の特性から生まれる生物学的な意識モードの一つであり、感情や本能、知性などを統合させるための心理機能なのです。

この生物学的基盤の上に成り立つ神経現象学的な変性意識の考え方は、心理学における新しいパラダイムになり得るものだ、とウィンケルマンは言います。
統合意識モデルはヒトの認知の様々なレベルのあり方の基礎的な構造と機能を説明し、人間そのものに対する見方を変革させるための新しい視点を提供するものであるというのです。
太古の認知革命(こころの萌芽)からこのかた、ヒトは統合意識モードを活用し、脳内の各階層を共鳴させることで、からだとこころの不可分な統合能力を育ててきました。
ウィンケルマンのこの意識に対する視点は、AIやBMIが一般化しつつあるこれからの社会において、ヒトのあるべき姿を考えるための指針の一つとなるものと思われます。

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