企業行動論講義note[07]「企業はどう動く?企業をどう動かす?:価値循環をデザインするために」
みなさん、おはこんばんちわ。やまがたです。
前回は、ニックリッシュ祭だったわけですが(笑)、まず企業が誰かの欲望や期待を充たすために存在しているという点で〈派生的経営〉であるということ、そしてさまざまなアクター / 経営の内部&外部で価値の流れ=〈価値循環〉が生じるということについてみてきました。
今回からは、それをもう少し具体的に捉えるための概念枠組(要は、キーワード)について、お話ししていきます。今後は、基本的に対象を〈企業〉に限定して説明を進めていきます。
なお、今回の内容は、これからやっていくことの全体像を見渡すことが狙いです。なので、ここでいったん全体的なイメージを持っておいてもらって、そこから次回以降の具体的な話へと進んでもらいたいと考えています。
内部価値循環としての価値創造過程
企業は、他者の欲望や期待を充たすようなモノやコト(効用給付)を創出&提供するための存在です。となると、まず何より大事なのは「他者の欲望や期待を充たすようなモノやコト(効用給付)を創出&提供」ということになります。
この流れを〈価値創造過程〉と呼びます。
価値創造過程は、どんなモノやコトを創出しようとするのか、また提供しようとするのかによって異なります。例えばですが、トヨタが自動車を生産し提供する流れと、スターバックスがカフェラテを生産し提供する流れは、当然ながら違います。
以下の図1は、モノづくりを想定した、もっとも基本的な価値創造過程のモデルです。
一般的に「バリュー・チェーン(価値創造連鎖)」という言葉でよく知られています。他にも、こういう図式もあります。内容的には、ほぼ同じです。
ちなみに、図1では成果活用から資金調達に、そして顧客の消費過程から企画・開発に矢印が戻っていっているのに気づかれたでしょうか?
企業においては、さまざまなモノやコト、そしてそれらを手に入れるためのおカネが局面ごとに姿を変えながら(姿態転換 / 転態)、動いていきます。しかも、一つの企業において一つの製品やサービスだけを生み出しているとは限りません。むしろ、複数の製品やサービスを創出していると考えるのが自然でしょう。そう考えると、図3のように内部価値循環が生まれていると捉えることができます。
ここから先の詳細については、次回の講義note[06]においてお伝えします。とりあえず、ここで大事なことは、企業においてはさまざまな資源や能力が姿を転じながら、顧客にもたらされる効用給付へと創出・提供されていくプロセスが生じているという点です。
外部価値循環としての価値交換関係
企業だけでなく、すべてのひと(活動主体)は欲望を充たすため、あるいは何かを生み出すために必要な資源を自分だけで賄うことができません。ここに〈交換〉、より厳密には〈価値交換〉が生じます。企業の場合には、どんな価値交換関係が生じるのでしょうか。一般的には、以下のようなかたちで描き出すことができます。
もちろん、これも企業ごとに多様です。あくまでも、基本的な図式として捉えてください。それぞれの企業にとって必要な資源や能力などは何か、それを提供してくれるステイクホルダーは誰かを見定めることが、価値交換関係を構築するうえで、とりわけ重要になります。
ただ、ここで気をつけなければならないことがあります。それは、「ステイクホルダーは企業のために存在しているのではない」という点です。前回の講義note[06]でニックリッシュの考え方を用いながら説明しましたが、ステイクホルダーこそが〈本源的経営〉なのです。理想論・規範論という指摘があるかもしれませんが、企業とそれぞれのステイクホルダーのあいだに存在としての優劣はありません*。
図4で示しましたが、企業の価値創造過程が価値交換関係によって成り立っているとするならば、私たちは企業を〈関係の束〉として捉えることができます。つまり、下の図5が織りなされているのが企業、あるいは価値創造過程であるといえるわけです。
このあたりについては、価値交換関係について説明するときに詳しくお話しします。
価値創造&価値交換を基礎づけ、方向づけ、遂行する:ビジネス・リーダーシップ&マネジメント
ここまでの価値創造と価値交換は、ある意味で「企業はどう動くのか」についての話でした。
ただ、言うまでもないことですが、価値創造も価値交換も“自然に”動いているわけではありません。間違いなく、“ひと”がそれを動かしているのです。しかも、複数の人が「動かす」という行為にかかわっているわけです。
この「動かす」というときにも、ある意味で“非合理的”ともみえる領域と、“合理的”に方向づけられる領域とがあります*。これらは厳密に分けられるものではなく、グラデーショナルです。
さて、価値の創造や交換を動かすマグマとでもいうべき駆動力となるのが、企業者的姿勢(entrepreneurship)です。これは、講義note[04]でも冒頭で言及しました。ざっくり言えば、「今まで見出されていなかった〈意味〉や〈価値〉を描き出し、それをモノやコトなどへとカタチにし、それによって成果を獲得しようとする姿勢」のことです。企業を発展させていくうえで、企業者的姿勢はトップだけでなく、一人ひとりのメンバーにも求められます。その際、ここには経済的合理性だけでは捉えきれない側面が含まれています。特に、近年では審美性など感性的な側面の重要性にも注目が集まっています。これについても、後々の講義noteで説明します。
この企業者的姿勢を、協働体系としての企業に浸透させ、価値創造や価値交換を基礎づけ、方向づけ、そして遂行していくことが大事になります。それを体系的に示す枠組は数多くあるのですが、ここではドイツとスイスで活躍した経営学者のブライヒャー(Bleicher, K.)が提唱した〈統合的マネジメント構想〉を採り上げます。
ブライヒャーは、企業をめぐるマネジメントの諸行為(ドイツ語でのリーダーシップにあたるFührungという言葉も使ってはいますが、限定的です。これにはführenという動詞が持つ、ドイツ史のネガティブな側面が影響している可能性があります)を、このように体系化しています。そして、横軸と縦軸からそれぞれ整理しています。一つひとつの構成要素については、後々の講義で説明しますので、ここでは横軸と縦軸がいったいどういうものかについてみておくことにしましょう。
★横軸=水平的視座:対象範囲による区分
まず、水平的視座からみてみましょう。これは、ビジネス・リーダーシップやマネジメントの対象範囲にもとづいて区分したものです。一般的には、規範的マネジメントがトップによって、戦略的マネジメントがミドルによって、業務的マネジメントが現場(ロア)によって担われると理解されがちですが、必ずしもそういうわけではありません。新入社員が規範的マネジメントの内容について考えることは、別に何ら問題ないのです。また、トップが業務的マネジメントにまで思いを致すことも、問題ありません。ことに、近年のように自律的な協働スタイルをめざすなら、職位で水平的視座に基づく役割を分けてしまうのは、場合によってはよくないこともあります。
★縦軸=垂直的視座:現われかた(現象様態)による区分
この整理のしかたは、経営学のなかでもちょっと珍しいものです。もともと企業の組織構造や意思決定スタイルなどについての研究から始まり、企業文化、そして企業政策や経営戦略、さらに企業理念の研究へと進んでいったブライヒャーならではといえるかもしれません。
一般に、経営管理論や経営戦略論において重視されるのが真ん中にある〈活動〉です。そして、経営組織論、とりわけ組織構造の問題として議論されるのが左側の〈構造〉、企業文化をはじめとするメンバーによって共有された意味体系やそこから現れる“ふるまい”(behavior)が右側の〈行動〉です。特に注目されるのは、メンバーによって共有された意味体系としての企業文化をビジネス・リーダーシップやマネジメントの一環として考える枠組を提示している点です。
最近では、企業文化の重要性は当然のこととして認識されるようになりましたが、ブライヒャーはこの点をかなり早くから(1980年代から)指摘してきました。しかも、それを戦略や組織構造と関連づけていたところに特徴があります。この点についても、後々の講義で説明できればと考えています。
企業をポテンシャルの体系として、みる。
さて、ここまで「企業がどう動くか / 企業をどう動かすか」という点について、〈価値創造過程〉〈価値交換関係〉〈ビジネス・リーダーシップ&マネジメント〉の3側面から、おおまかにではありますが、みてきました。
これらを統一的に捉えるために、もう少しブライヒャーの考え方を参考にして説明していきたいと思います。
ブライヒャーは、企業発展という概念を重視しています。企業発展とは、複雑で動きの激しい社会経済的環境のなかで、企業が質的に変化しながら、ステイクホルダーに効用をもたらし(=ステイクホルダーの欲望や期待を充たし)、自らの存在を維持していくことをさしています。
そのためには、企業がもつポテンシャルが重要になります。一般的に“ポテンシャル”というと潜在的な能力という意味合いで理解されますが、ここでは顕在的な能力も含めておきます。
〈効用ポテンシャル〉とは、企業としてさまざまなステイクホルダーに対して、どのような効用をもたらしうるのかという点にかかわる能力です。これまでの講義noteで繰り返し説明してきましたが、「効用をもたらす」とは「欲望や期待を充たす」ということと同じ意味です。つまり、〈効用ポテンシャル〉とは、「そもそも、私たちは何のために存在しているのか / どんな効用を世の中にもたらそうとしているのか」にかかわっているのです。
〈成果獲得ポテンシャル〉は価値創造過程にかかわるポテンシャルで、以下の4つからなっています。
これらが実際に製品やサービスなどを生み出していくうえで必要な能力であるというのは、すぐにわかってもらえるのではないかと思います。
〈意思疎通ポテンシャル〉とは価値交換関係にかかわるポテンシャルです。これもちょっと珍しい概念ですが、以下の3つから構成されています。
これらは、直接的に成果獲得につながるわけではありません。しかし、これらは明らかに成果獲得を支えます。なぜなら、価値創造は価値交換を通じて初めて成就するからです。にもかかわらず、企業自身が意思疎通ポテンシャルを軽視して、結果的に企業発展を自ら阻害してしまっているケースも少なからず見られます。しかも、意思疎通ポテンシャルはひとたび損なってしまうと、それを取り戻すのに、とんでもない苦難が待ち受けています。その点でも、意思疎通ポテンシャルは成果獲得ポテンシャルと同じくらい、きわめて重要な意義をもっています。
〈調和化ポテンシャル〉とは、マネジメントにかかわるポテンシャルです。この講義ではあまり取り扱いませんが、マネジメントというのは企業をめぐる諸活動=協働を目的の達成へと方向づけ、調整する行為です。具体的な目標設定、組織構造の設計、現場での諸活動の調整、企業文化の方向づけなどが含まれます。いうまでもありませんが、これもきわめて重要な能力です。
そろそろ〆。
今回も6000字を超えてしまいました。
今回は、ある意味で企業行動論の中核部分を一気に説明しています。全体像を知っておいてもらったうえで、それぞれの個々の内容に踏み込んでもらいたいからです。もちろん、この講義noteで「企業行動論の全体像は理解できた!」って言ってもらえると嬉しいのは嬉しいですが、そんなに慌てなくても大丈夫です(笑)
どんな場合でもそうなのですが、全体の見取り図が頭に入っているかどうかは、そのあとの話を聴く際にも大きく影響してきます。なので、今回の話を念頭に置いておいてもらって、これからの講義を聴いてもらえれば嬉しいです。
次回は、価値創造過程の基本的な内容について、モノづくり(製品)とコトづくり(サービス)それぞれについてみていきます。こういう分け方自体が、今ちょうど古くなりつつあるのは事実なのですが、基礎部分がわかったうえでどう変化しているのかを、次回の次にお話ししますので、慌てずにお待ちください(笑)
ということで、また次回に。
ばいちゃ!