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企業行動論講義note[08]「価値を動かすマグマ:企業発展と企業者的姿勢 / 企業者職能」

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この内容は、第5講に当たります。講義の進み具合で変動します。
なお、このnoteはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス「表示-非営利-改変禁止」です。

みなさん、おはこんばんちわ。やまがたです。

前回は、この企業行動論の全体像を先取りして、見渡してみました。

前回の最後に、ポテンシャルという概念を軸にして、その全体を図で示しました。

図[07]7 企業のポテンシャルの体系

ブライヒャー:ポテンシャル体系

企業を価値の流れ / 価値の循環として捉えるとき、それは自然現象とは異なります。あくまでも、人間が意図的に(意図どおりの結果になるかどうかは別問題です)おこなう営みです。すでにこれまでの講義noteでもお話ししてきましたが、人間は価値創造しなければ生きていくことができません。しかも、「生きる」というのが持続的な営みです。そして、現代の人間は〈価値創造〉を企業という協働体系を通じて実現しようとするのが一般的です。となると、欲望や期待を充たすための協働体系としての企業を、持続的に生存させる必要が生じます。ここで浮上してくるのが、〈企業発展〉という概念です。

そして、もう一点。そもそも、企業というのは人為的な存在(artifact)です。誰かが、何らかの意図をもって立ち上げ、発展させようとすることによって、持続的に生存することが可能になります。そのためには前回も触れた〈企業者的姿勢 / 企業者職能:entrepreneurship〉がきわめて重要になります。

今回の講義では、〈企業発展〉と〈企業者的姿勢 / 企業者職能〉の2つの概念を軸に、価値の流れや価値循環が生じていく淵源について考えます。今回は、いつもより長くなります(笑)辛抱して、読んでみてください。

考える前提としての〈企業発展〉

2020年5月現在、世の中(社会経済)が大きく変わりつつあります。この動向は、新型コロナウィルスの蔓延によって突如として起こったことではなく、それ以前からすでにあらわれはじめていました。

そのようななかでも、人は生きていかねばなりません。しかも、多くの場合、企業という存在なしに生活していくことはきわめて困難です。となると、企業を「いかにして変化に(場合によっては、先取的に)対応させながら、価値創造を実現 / 成就しつづけるのか」が重要になります。

そこで浮かび上がってくるのが、〈企業発展〉という概念です。一般的には〈企業成長〉という言葉のほうがよく用いられるのですが、ここではあえて〈企業発展〉という表現を使います。

なぜか。それは、〈成長〉という概念が量的な規模の拡大を意味してしまうケースが少なくないからです。もちろん、「人間的に成長した」というときに「身体が大きくなった」と理解する人は、まずいないと思います(笑)が、これは「人間的に」という言葉があるからです。

一方、〈発展〉という言葉は「開発」と訳されることもあります。また、もともと「包みを開く→展開する」という意味合いを持っています。つまり、変化していく環境のなかで、新たな状況を展開していく(切り拓いていく)というニュアンスを持っているのです。

ことに、最近は規模の拡大をめざすのではなく、質的な発展をめざそうとする企業も増えてきました。

では、企業が質的に発展していくとは、どういうことなのでしょうか?

ここで大事になるのは、企業をとりまく社会経済の変化です。この社会経済には、企業のステイクホルダーがもちろん含まれるほか、直接的には関係しないけれども影響を及ぼしてくる可能性のある活動主体、さらには技術や経済動向、さらに文化的な動向も含まれます。当然ながら、社会経済は変化します。この変化に対応すること、場合によっては変化そのものを企業がリードしていくことさえ、必要になってきます。

前回の講義で、企業を〈関係の束〉として捉えるということをお伝えしました。この関係には、安定的なものもあれば、変動的なものもあります。企業は、この諸関係をつねに織り成していっているわけです。

【企業発展と経済的成果】
このように「質的発展」ということを強調すると、「そんなん言うても、企業は収益が得られんかったらつぶれてまうやないか」という声が聞こえてきそうです。それは、間違いありません。

この講義で、収益などの経済的成果が不要などということは、いっさい言っていません。むしろ、経済的成果は価値創造や価値交換、あるいはそれを実現するための諸活動とその基礎づけや方向づけ、遂行促進や調整が、どれだけうまくいったのかを測定するための基準となります。

講義note[06]で登場したニックリッシュも、「利潤」という概念は背後に押しやってしまいましたが、今でいうステイクホルダーへの分配と、企業が持続的に価値を創造していくための準備としての企業それ自体の成果の獲得は、言うまでもなく重視していました。

また、この名前は聞いたことがある人もいるかもしれませんが、ドラッカー(Drucker, P. F.)も「利潤は目的ではない」と指摘しました。彼が重視したのは、将来に起こりうる不確実性へのリスクをカバーしうるだけの経済的成果としての存続可能利益でした。これも、ニックリッシュと同じ考え方に立っています。

そして、ニックリッシュの考え方を現代化したと評価されるドイツの経営学者・R.-B. シュミット(Schmidt, R.-B.)は、この考え方をさらに進めて、企業を維持・発展させるためには、成果の獲得と活用がクリティカルに重要であり、それを基礎づける企業理念、方向づける企業政策がひじょうに大事だということを強調しました。

このように、質的な展開としての企業発展という考え方に近い研究者であっても、経済的な成果の重要性を否定しているのではないことには注意をお願いします。大事なのは、経済的成果を最終目的とするのではなく、諸活動の成果を測定する基準として経済的成果を位置づけるという点です。

ここから、この講義では〈企業発展〉という概念を以下のように規定しておきたいと思います。

【今回のキーワード】
企業発展:

複雑で変動的な社会経済的環境のなかで、ステイクホルダーの欲望や期待を動的に充たしつづけることができている状態。

では、この企業発展、いかにして可能になるのでしょうか。その手掛かりが、冒頭でも触れた〈企業者的姿勢 / 企業者職能:entrepreneurship〉です。

衝動(impulse)としての企業者的姿勢 / 企業者職能:マザーハウスから考える

前のところで、企業は人為的な存在だとお伝えしました。そもそも、誰かが「○○○○○という価値(具体化すると効用)を、誰かにもたらそう / もたらしたい!」という衝動(impulse)を抱かなければ、価値創造なんて行為は生じませんし、企業という存在も生まれてこないでしょう。となると、この衝動は、きわめて重要な意義をもっていることがわかります。

この衝動こそが〈企業者職能 / 企業者的姿勢entrepreneurship〉なのです。これは、誰かにだけ与えられた特殊な才能や資質ではないと、私は考えています(一方で、天賦の才能だという考え方もあります)。

それがどんな瞬間に発揮されるかはわかりません。たとえば、私が講義でもよく事例として採り上げるマザーハウスの創業者であり、現在も代表取締役社長兼デザイナーである山口絵理子さんは、バングラデシュにおられるときにジュートという麻の繊維と出会って、そこから今もマザーハウスへの道が拓かれたわけです。

途中の16分10秒くらいから見れるように設定していますが、ぜひ最初から、もっというと第1回第2回も併せてご覧ください。

同じく代表取締役で副社長の山崎大祐さんとの対談形式で、マザーハウスの14年を語ってくれてる動画もあります。こちらもぜひ。これは、後述する〈企業発展〉という概念を考える際にも、すごく手がかりになります。

[2020年5月24日追加]
この動画も、今回のテーマに深くかかわっています。ぜひ。↓

あと、山口さんの本はどれもおもしろいのですが、今回の講義にかかわるところでいうと、最新刊の『Third Way(サードウェイ): 第3の道のつくり方』は、ぜひ読んでもらいたいなと思います。

今ここで書いてしまうと面白くありませんので、ぜひリンクをはった動画&紹介した文献を読んでみてください!(←受講生の方は、課題にします!)

さて、企業者的姿勢 / 企業者職能を、ここまで〈衝動〉という言葉から考えてきました。ただ、〈衝動〉というと瞬間的なものとして捉えられてしまう危険性があります。しかし、決してそうではありません。もちろん、状況の変化に応じて、変容はします。同時に、その〈衝動〉をいかにして持続させていくのかという課題も出てくるのですが、これは後半の講義で採りあげるビジネス・リーダーシップやマネジメントの領域となります。ちなみに、マザーハウスの強みは、この企業者的姿勢をビジネス・リーダーシップやマネジメントにちゃんと落とし込んでいるところにもあるのです。

ここまで、企業者とは何者なのか、企業者的姿勢とは何なのかという点については触れずに、直観的に捉えてもらいたくて、マザーハウスの山口絵理子さんを事例にみてきました。

次に、そもそも「企業者とは?」という点についてみていくことにしましょう。

企業者とは。企業者的姿勢 / 企業者職能とは。

じつは、〈企業者〉という存在についての研究は、経営学よりも古い歴史があります。そして、現在でもさまざまな議論がなされています。それについて、すべてを網羅することはきわめて困難です。この企業行動論と関連して知っておいてほしい学説については、講義note[08_b]にスピンオフでまとめました。ぜひ、そちらも読んでください。

※ この節で書いたのは、講義note[08_b]の概略版です。

前回も掲げた〈企業者〉をめぐる概念を整理した表を、ここでも挙げておきます。

表1 ヘバート / リンクによる企業者概念の整理(13と14は山縣加筆)

企業者とは何者か

ここでは、池本先生の整理に拠りつつ、山縣が付け加えた簡単な流れを図で示しておきたいと思います。ただ、これはかなり大胆に(≒大雑把に)図式化したものです。

図[08]1 マーシャルからの企業者論の展開

企業者概念のマーシャルからの展開

※ 企業者論という観点でのマーシャルからの直接的影響というのは少ないはずだというご指摘もあろうかと思います。ただ、ここは池本先生の議論に即しつつ、内容的な展開ということでこのように描いてみました。ちなみに、池本先生は、マーシャルからカーズナー、ナイト、ペンローズの三者への影響関係を論じておられます。

★マーシャルの企業者概念:ビジネス・リーダーとしての企業者
マーシャルは、さまざまなかたちで「企業者とは何か」について述べているのですが、ここでは彼の主著の一つである『経済学原理』で示された考え方を紹介します。古い感じがしますし、ちょっと長いですが引用します。

(1)
「第一の役割に関しては、その営業に関する事物の徹底した知識を持たなくてはならない。かれは生産と消費の広範な動向を予測する力を持ち、また真実の欲望に応えるような新しい商品を提供し、もしくは古い商品の生産方法を改善するような機会がどこにあるのかを見抜く力をもたなくてはならない。かれは慎重に判断し、大胆に危険を冒すことができなくてはならない」
(2)
「第二に使用者としての役割においては、かれは天性の人間の指導者でなくてはならない。かれはまずその補助者を選び、そして選んだ以上、彼らを全面的に信頼する力を持たなくてはならない。かれらに事業に関心を持たせ、かれらに信頼されるようになり、かれらが持っている機略と創造力をすべて引き出すようにしなくてはならない。反面、かれは万事に全般的な統制力をおよぼし、事業の主要な計画に関して秩序を保ち、統一を維持していかなくてはならない」(『経済学原理』II,pp.289-290)

このマーシャルの定義は、きわめて盛りだくさんです。しかも、19世紀という状況のもとでの定義ですので、21世紀の今から見れば、かなり古色蒼然としています。しかし、第一のほうはシュンペーター(Schumpeter, J. A.)の企業者概念の中核である“イノベーション”にもつながる内容ですし、第二のほうは協働メンバーを選び、彼女 / 彼らとの関係性をどう構築するのかにかかわっています。この講義の枠組でいえば、(1)が価値創造に、(2)が価値交換につながっています*。

* 池本先生は、このマーシャルの企業者の定義を(1)物的資本、(2)人的資本という観点から論じておられます。企業を、物的資本と人的資本が結びつけられた存在という観点から考えておられるわけです。これも重要な観点です。この講義では、それを前提として話を進めています。

★シュンペーターの企業者定義:新結合としてのイノベーション
企業者といえば、むしろマーシャルよりもシュンペーターのほうが有名でしょう。

そして、シュンペーターといえば、とりあえずみなさん〈イノベーション〉という言葉が思い浮かぶのではないでしょうか。

彼はイノベーションを新結合(neue Kombination)と捉えました。つまり、生産手段や生産方法などを新たに組み替えることで、今までに充たされていなかった価値を創造する(山縣の立場から厳密にいえば、「“価値提案”を創造し、享受者において価値が創造されるように、効用を提供する」)ことがイノベーションであるわけです。シュンペーターは、その組み合わせとして、以下の5つを挙げています(『経済発展の理論』〈上〉岩波文庫、183頁)。

(1)新しい財貨:消費者のあいだでまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
(2)新しい生産方法:当該産業部門において事実上、まだ知られていない生産方法の導入。これは科学的に新しい発見にもとづく必要はなく、商品の商業的取り扱いに関する新しい方法を含む。
(3)新しい販路の開拓:当該国の当該産業部門がそれまで参加していなかった市場の開拓。この市場が既存のものであるかどうかはわからない。
(4)原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得:供給源が既存のものであるか、初めてつくり出されなければならないかは問わない。
(5)新しい組織の実現**:独占的地位の形成あるいは独占の打破。

** ここにいう組織というのは、個々の企業レベルでの組織ではなく、企業間でのトラストやカルテルなどをさします。個々の企業レベルでの組織については、(2)に含まれます。

シュンペーターは、これらによって新しい経済循環を生み出すのが、企業者なのだと考えたのです。

★カーズナーの企業者概念:魅力的な機会の発見→愉快な驚き
オーストリア学派経済学のなかでも、企業者という概念について深く研究した人の一人が、カーズナーです。

カーズナーは、市場にもともと均衡状態が存在するのではないという考え方に立ちます。そして、彼はそのような動的な状態のなかで、どこにどんな魅力的な機会が存在するのかをいち早く発見する能力企業者的機敏性と呼びました。その結果として、均衡状態を「めざす」のが企業者であると主張したのです。

ちなみに、カーズナーはこの『企業者と市場とはなにか』において、「魅力的な機会を発見することは、つねにかなり愉快な驚きをあらわす」(訳書54頁)と指摘しています。カーズナーの関心は、あくまでも収益の獲得に向けられていますが、じつはこれ、文芸にせよ、絵画にせよ、音楽にせよ、演劇にせよ、“美”に接したときの驚きと近いものがあります。ベッカー(Becker, O.)という哲学者に『美のはかなさと芸術家の冒険性』という本がありますが、この芸術家の冒険性(Abenteuerlichkeit)に注目しているのは興味深いところです。実際に、企業者が審美性に関して、驚嘆すべき鋭敏さを兼ね備えているケースは少なくありません。先ほど、事例として挙げたマザーハウスの山口絵里子さんもまたその一人です。あるいは、イタリアで職人の技を活かし、また後世に(伝統工芸としてではなく、あくまでも産業として)残そうとするブルネロ・クチネッリもまた、同じような志向性を持っているといえるでしょう。

さて、話をカーズナーに戻しましょう。
カーズナーの企業者的発見の概念に対して、〈創造〉という側面が抜け落ちているという批判もあります。それに対して、カーズナーは「発見という行為自体が創造的である」と反論しています。また、均衡状態をめざすという点に関しても、オーストリア学派経済学はそもそも均衡という概念を否定しているのに、という観点からの批判があります。これに関しても、均衡という状態を“北極星”と捉えるなら、理解はできます。ひとは、北極星を道しるべにすることはあっても、北極星に行こうとはしていないからです。

そもそも、オーストリア学派、とりわけミーゼス(Mieses, L.)の流れを汲む研究者たちは、人間の欲望に深く入り込み、そこから人間の経済行為を説明しようとしました。そのため、利潤が得られるのは「他者を出し抜く」からであり、差別化を図るのもそのためだと説明します。これは、たしかに現実としてそう捉えることができます。しかし、そこに違和感を覚える人がいるとしても、それもまた自然なことです。

そのあたりにも留意したのが、ナイト(Knight, F.)です。

★ナイトの企業者概念:真の不確実性
ナイトは“リスク”や“不確実性”といった、今では当然のように経営学や経済学で用いられている概念を精緻に提示したアメリカの経済学者です。

ナイトについても、ここで詳しく触れる余裕は残念ながらありません。ただ、ここで大事なのは、ナイトが不確実性を「確率で測定できる不確実性」と「測定不可能な不確実性」に分けた点です。彼は前者をリスクと呼び、後者を真の不確実性と呼びました。企業者という存在を理解するうえで重要なのは、後者の真の不確実性です。経済活動は、そもそも将来を見通そうとする(forward-looking)行動です。これは、「このひとたちは、こういう価値(効用)を求めているに違いない」という推定、あるいは見込みによって、さまざまな製品やサービスを創出しているという現実からも理解できると思います。

この「先がどうなるかわからない」状況において、将来をイメージ(構想)し、真の不確実性から所得を獲得していくこと、ここにナイトが描いた企業者の姿があるのです。このような企業者像はペンローズによって、より具体化されます。


★ペンローズ:将来への構想描出と新しい生産的サービスの創造
ペンローズも経済学者です。ただ、どちらかというと経営学において、よりなじみがある人といっていいと思います。

※ 日本語版のWikipediaが手薄なので、英語版を載せておきます。

ペンローズという人は『企業成長の理論』という本によって、よく知られています。難解ですが、名著です。

それまでの経済学では企業を“点”と捉える傾向が強かったのに対して、ペンローズは企業を〈管理組織〉そして〈生産資源の集合体〉として捉えました。

そして、このような企業観に立脚して、ペンローズは企業が成長(←質的な発展を含んでいます)していく際に、企業者的役割(ここでいう「役割」の原語はserviceです。いわゆる「はたらき」というような意味。訳書では「サービス」、以前の研究書では「用役」)がきわめて重要な意味を持つと指摘したわけです。

ペンローズは、企業者的役割の核心にかかわる概念として〈想像力〉〈洞察力〉を挙げています。ただ、〈想像力〉や〈洞察力〉というだけでは説明になりません。そこで、ペンローズが述べているところにもとづいて、以下の2点にまとめておきます(『企業成長の理論』第3章をもとに)。

(1)自らをとりまく環境(外部&内部)を描き出す
(2)主観的な事業機会を構想する

先ほど、ペンローズが企業を生産資源の集合体として捉えているということを指摘しましたが、モノとしての生産資源の集合という以上に、「生産資源が発揮するサービス(はたらき) / 生産的サービス」、この講義で用いている言葉でいえば〈効用〉が重要なのです。とりわけ、まだ未知あるいは利用されていない生産的サービスが存在しているという企業者の確信こそが重要であり、さらにいえば、上に掲げた2つの企業者の役割 / 企業者職能は、究極的に「新しい生産的サービスの創造」(訳書122-124頁)という点に行きつくことになります。

これらの根底には、主観的な〈期待〉があります。これは、ここまでの話でも触れてきたように企業者的姿勢の、もっとも重要な軸であると言っていいでしょう。

ここで注意しておきたいのは、ペンローズが経営陣のentrepreneurshipという表現を用いていることです。どういうことか。ちょっと見方を変えれば、経営陣ではないメンバーのentrepreneurshipもありうるということです。

ちなみに、すでにマーシャルの企業者概念の(2)で示されているように、企業者の役割として「ステイクホルダーからの資源動員 / 貢献獲得」という側面を忘れてはいけません。これについては、ハーシュマン(Hirschman, A. O.)という人が、発展途上国での企業者職能について論じる際に指摘しているほか、より古くは経営学者のゴードン(Gordon, R. A.)が『大会社におけるビジネス・リーダーシップ』(1945年)という本で、詳細に述べています。この考え方は、すでにニックリッシュによっても1915年に指摘されていましたし、シュミット(Schmidt, R.-B.)の企業用具説という考え方で、より具体化されています。これも、講義note[08_b]をご参照ください。

従業員によって「新しい生産的サービスの創造」がなされることは、十分にあり得ます。もちろん、その際には経営陣がそれを発揮させようとし、それを可能にするしくみを整える必要があります。これは、この講義のほぼ最終回あたりで考えるテーマです。

ちなみに、山縣ゼミで価値創造デザインプロジェクトをご一緒させてもらってる木村石鹸工業さんで、最近商品化された「12」というシャンプー&コンディショナーがあります。これは、開発者である多胡さんと、それをかたちにしていこうとした木村社長、さらにそれをクラウドファンディングで実現の支援をしたMakuakeさんが、それぞれに企業者的姿勢や企業者職能を発揮した結果だとみることもできます。

企業者という存在についての研究は、それぞれに魅力的です。それだけに、採りあげたい学説がたくさんあります。講義note[08_b]も、ごく一部しか採りあげていませんが、ぜひ併せて読んでみてください。そして、興味ある方は、さらに文献を探して学びを深めてみてください。

企業発展と企業者的ダイナミクス:学習の重要性

ここまで、ざっくりと(それでも、いつもより長めですw)企業者という概念についてみてきました。

最初に〈企業発展〉という概念について説明しましたが、あらためて確認しておきます。

【今回のキーワード】
企業発展:

複雑で変動的な社会経済的環境のなかで、ステイクホルダーの欲望や期待を動的に充たしつづけることができている状態。

企業者的姿勢 / 企業者職能という考え方を知ったうえで、この定義をあらためてご覧になって、いかがでしょうか?

企業者的姿勢あるいは企業者職能とは、自らをとりまく環境をイメージしながら、そこで自分たちはどんなことができるのかを構想していくこと、そしてそのために必要な関係性の総体を織りなしていくことであるといえます。

これは、一回やったらそれで完了というような話ではありません。ずっと続いていく話です。しかも、同じことを繰り返していても意味がありません。いろんな環境の変化のなかで、何ができるのか、何がしたいのかを問い返しながら、構想していく必要があります。

上でも紹介した山口絵理子さん、この講義note[08]を執筆している今日(5月16日)に、こんなnoteを投稿されました。まさに、これはマザーハウスにおいて共有されている企業理念や存在意義(philosophy / purpose)に立ち返りつつ、現在の環境の状況を山口さんはじめマザーハウスの方々が認識されたうえで、そこで「自分たちに、何ができるのか」を問い返されたことの現れとみることができます。

このように、企業者的姿勢を発揮する際には、つねに現状や将来、未来をイメージしつつ、そこから期待、そして主観的な事業機会を描き出し、実行していくというプロセスが存在しています

このプロセスは、もちろん、うまくいくこともあります。が、いつもうまくいくわけではありません。想定外の事態も発生します。

そう考えたとき、大事になってくるのが〈学習過程〉です。いうまでもなく、ここでいう〈学習〉は机の上でする勉強だけをさすのではありません。

図[08]2 学習過程

学習過程

このような学習過程が織り込まれた企業者的姿勢の発現を〈企業者的ダイナミクス〉と呼ぶことにしましょう。これは製品やサービスなどの顧客に向けてだけでなく、従業員に向けても、また取引先に向けてもありえます。

その意味で、「企業発展は企業者的ダイナミクスを必要とする」といえるわけです。

まとめ:価値を動かすマグマとしての企業者的姿勢 / 企業者職能

今回は、だいぶ長くなりました。しかも、講義note[08_b]もありますので、相当な長さです(笑)ただ、企業行動を考えるうえで、絶対に欠かせない部分なので、ていねいめに説明したつもりです。

ただ、難しいところもあったかと思います。わからなかった部分は、ぜひ講義の折に質問してみてください。

企業が価値を創造するために、製品やサービスを創り出していく、またそれを実現するためにさまざまなステイクホルダーと価値の交換をする、そのすべての出発点にあるのが企業者的姿勢 / 企業者職能なのです。その点で、価値を動かすマグマだということができるわけです。このマグマなしには、価値の創造や交換は生じません。

「こういうときに、これを使ってほしい!」
「こんなときに、こんなサービスがあったら!」
「こんなんあったら、かっこいい / 役に立つから、きっと欲しいって思ってくれるはず!」

そういう“想い”こそが、価値の流れの淵源であり、マグマなのです。その点を念頭に置いておいてもらいたくて、価値創造過程の具体的な話をする前に、今回の話をしました。

いよいよ次回からは、価値創造過程の具体的な説明に入ります。

んじゃ、また次回に。
ばいちゃ!

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