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なぜそれが聞きたくなったのだろう?
1 場面
保健所実習の最終カンファレンスの場面。
学生たちが保健師に聞きたいこととして以下のような質問があげられた。
「いろいろな事業が市町村に移行していき保健所保健師は家庭訪問など住民と直接接する機会が減っていると学んだが、保健所保健師はどのように住民の声を把握するのか」
質問を受けた保健師はやや困惑したような表情である。
このカンファレンスに指導教員として同席していたら、どうするか?
2 ディスカッション
・とりあえず様子を見守る?
・学生に対して何か言葉をかける?
・保健師に何か言葉をかける?
A氏は、「学生が質問したいと考えた理由を確認する。もう少し具体的にどういう体験から、そのような疑問にもったのかと尋ねる」と話した。
B氏は、「私なら学生の質問が適切なものとなり、保健所保健師にも納得してもらえるよう、『今の質問は市町村の保健師なら身近な所で住民の声を聞いたり、統計からは収集できない地域の実情を捉えられるが、保健所の専門性や広域的な立場としてはどうなのか、という所が聞きたかったのか』と学生の質問を補足する」と話した。「そのように補足すると学生自ら『いやそうではなくて〇〇だ』など自分たちが伝えたかったことを表現してくれる、学生は基本事項は理解しているものという前提で、学生への信頼のメッセージを送りつつ、学生が聞きたいことを聞けるように交通整理する」と話した。
B氏はこの時点で「なぜ」と学生に問うことはしないと強調した。その理由は、学生が表現している「質問」が、自分が受け止めたことと一致しているかどうかをまず先に確かめる必要があるからということであった。学生がこの時点で表現している質問は、要領を得ないものである。そしてこの時点で「なぜ」と問うと、学生は「自分たちが間違っていると指摘された」というメッセージを受け取る可能性がある。だから「なぜ」と聞くのではなく、教員がその質問の表現から理解したことを述べ、学生に確認し、学生が適切な言葉を使って質問を表現できるよう助けるとした。
この時教員の頭の中にはどのような「疑問(問い)」が生まれていたのだろうか?
「学生は何を聞きたいのだろう?」「なぜそれを聞きたいのだろう?」
「何を」「なぜ」という問いで、学生が聞きたいことを教員自身の頭の中で整理し、学生と教員と保健師のあいだで共有可能なものとしようとしているようである。そのうえでB氏は、その疑問を学生に伝える際、まずは学生の表現したことの自分の受け止め方を学生に確認するとした。そのことで学生を理解しようとする教員の姿勢も伝わるのではないかと述べた。
実際この場にいた教員は、A氏のように、「実習のどのような体験からその質問をしたいと考えたのか」と学生に尋ねた。学生は、はっと顔色を変え、全員が実習の説明内容をびっしり記録したメモを一斉にめくって確認を始めた。教員は、この質問につながった実習体験がすぐに語れないのだ、説明中心の実習プログラムであったので、頭の中が情報でいっぱいなのかもしれないと推測した。そこでこの質問について、学生自身はどのように考えたのかをさらに問うた。その学生の説明を聞いて教員は、学生が単に「住民の声を把握する方法」にこだわっていると感じた。そこで「声の把握は手段であって、声から情報収集することが目的ではないですよね。保健所の事業をどうしていくべきかを考えるために、情報(声)を捉えるんですよね」と話した。同席した保健師は意を得たような表情に変わり、精神保健・難病保健の説明を追加した。
研究会での議論のあと、改めてこの場面を振り返った時、学生が一斉にメモを確認しはじめ、うまく答えられなかったのは、教員の「なぜ」という質問に緊張したのかもしれないと考えた。
この時点でこの場にいた教員が、学生に学びを深めてもらいたいと考えていた内容をあえて表現するとしたら、次のようなものとなる。
・保健所保健師の役割機能
・地区診断は単に情報を集めることではない。その先に対応策を見出し、対応につなげていくことで始めて情報は意味を持つ。
3 議論をメタ認知の観点から読み解いてみる
「教員がメタ認知を働かせて、批判的思考(本場面では公衆衛生看護の思考)の学びを深める」指導とは:山口大学教育学部沖林洋平
メタ認知とは,みずからの認知に関する認知のことであるとされています。認知に関する認知とは,例えば,自分は今何を考えているのかということについて考える,自分は授業内容をどの程度理解できているのかについて考える,というようなことです。普段,わたしたちは自分が何を考えているのか,というようなことは考えません。昼ご飯を学食に食べに行ったときに,自分には本当に昼食は必要なのかということは考えません。しかし,このようなことを考えなければならない場合もあります。例えば,手持ちのお金が500円程度しかないことに気づいたときには学食の前に到着してしまっていた時などです。その時は,手持ちの500円を昼食に使っていいのか,しっかり考えるはずです。
このような,思考者にとって大事な問題についてしっかり考えることをメタ認知的活動と言います。また,何らかの行動が目的に合致しているのかということを根拠に基づいて考えることを批判的思考と言います。昼食のために500円を使っていいのかと考えることは批判的思考にあたります。そして,メタ認知や批判的思考のように,普段は意識していないけれども無意識に行っている思考のことをシステム1,大事な問題について意識的に適用される処理のことをシステム2と呼ぶこともあります。
さて,今回の話題では,保健師に提出された問いについて,A氏とB氏は対立する意見を述べています。なぜ,このような現象が生じるのでしょうか。同じ問いについて,コンピュータのような形式論理的に正しい処理をするならば,高い確率で答えは同じものになるはずです。A氏,B氏の主張は,主張の根拠が異なります。A氏は,学生の個人的経験(頭の中を確認すること)を重視しています。一方,B氏は,学生の問いに関する状況の認識を確認することを重視しています。A氏,B氏の主張の根拠は異なるように見えます。しかしながら,両氏の目的は,どちらも保健師と学生の相互理解を促進することだと思われます。つまり,問いの目的は共通しているのです。両氏の問いの根拠は異なりますが,根拠を求める理由は共通しています。それは,学生の問いは保健師に問われるべきものであるのか,みんなでディスカッションして理解を深めるべきものであるのか,を検証するための情報を求めるということです。このように,目的に対して根拠やデータがどの程度整合しているのかを検証することを妥当性の検証と言います。A氏とB氏は,ⅰ)同じ目的をもって対話を促進しようとしており,ⅱ)問いは本当に問われるべきものであるのかついて検証することが必要だと考えているけれども,ⅲ)実際に重視する観点は異なるということになります。
もしメタ認知を働かせなかったらどうなるでしょうか。無目的に対話が進んだ結果,収集がつかなくなってしまって,学生は自分たちが何を理解したのかがわからないでしょう。そのため,公衆衛生看護のカンファレンスでは,教員のファシリテーションが非常に重要です。
学生のアセスメント,なぜと聞くと学生が怖いと思う,学生が質問をしたことは本当に聞きたいというよりは学生に課せられた課題だから
ここでいうところのⅰとⅱは対話にけるファシリテーターのメタ認知的機能ということになります。今回は,A氏,B氏が明示的に担いましたが,熟達すると自分1人でできるようになります。
学食で並んでいるときに注文が遅い人が近くにいると早くしてほしいなと考えることもあります。もしかしたらその人はメタ認知を活性化させている最中かもしれません。
4 世話人の振り返り・ひとこと
今回のワークでの世話人の学びは、教員の頭に浮かんだ疑問をそのまま学生に対して表現することは要注意!ということでした。学生が教員や指導者からの質問に緊張を高め、意図した学びを深める対話が展開できないことがあります。何を話してもよいのだという、学生が心理的に安心を感じられる学びの環境づくりが前提ですね。