グレートコメットの「ナターシャの音楽」についての突っ込んだ話!(上級者編)
先日、池袋の東京芸術劇場プレイハウスにて上演中のミュージカル「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレートコメット・オブ・1812」の音楽的な読み解きについての記事を書いてみました。
その記事の最後に、
さて、こんなに感動的な「Dメジャー」なわけですが、どうやらナターシャにはこれが登場しないようです。M26の「Pierre & Natasha」以外は。
ナターシャはどんな調性によってキャラクター付けられているかというと。
これは次回にしようかな!
お楽しみに!!!!!
と書きましたので、今回はナターシャの音楽的背景について書いてみようかな。
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前回も注意点としてはじめに書きましたが、この記事は、「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレートコメット・オブ・1812」というミュージカル本編の、若干のネタバレも含んでいます。
「観劇前にネタバレ読みたくない」という方や、「基本的に自分の観た感想以外の情報は摂取したくない」という方には、読むことをオススメしません。
そして、あくまでここに書くことは、「山野が楽譜を読んだらこうなった」というひとつの読み解きです。
「この読み方が唯一の正解だ!」と主張したいわけではありません。
だから、作品を見た上で感じた感想が、僕の読み解きとたとえ違っていたとしても「私の感想、間違いなのかしら・・・」とご自身を疑う必要は一切ありません!
「山野はそう読み解いたのね、ふーん」ぐらいの軽さで、楽しみながら読んでいただければ嬉しいです!
それではれっつらごー!
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さて、本作の重要な登場人物のひとりであるナターシャ。
ナターシャの重要なナンバーといえばM6の「No One Else」
僕はこの曲が本当に好きで好きで。。。
特に、冒頭の前奏のテーマが大好きです。
ピアノの右手の上の音が「ドラードラー/ドラードラー/ドラードラー/ドー」と響き、それに寄り添うように右手の下の音が「ファミーファミー/ファミーファミー/ファミーファミー/ファー」と奏でられ
そのテーマが4分の3拍子で4小節をかけて演奏されるわけですが、ベースラインが1小節ごと「レー/シ♭ー/ファー/ド#ー」とすすむのです。
この4小節をコード進行で書き表すとこんな感じ。
Dm → B♭ → F → C#M7+5
ズバリ、ナターシャの音楽的背景はこの進行、特に、ルート音の動きによって彩られているのです!!!
ルート音とはなにか、というと。
日本語でいうと「根音」という言い方になりますが、これは、幾つかの音が同時に鳴ることで生まれる和音を構成する、いちばん低い音のことをいいます。根っこのように和音を支える音、ということですね。
上の、ナターシャの重要な音楽的背景である
Dm → B♭ → F → C#M7+5
というコード進行。
これのルート音だけ抜き出すとこうなります。
D → B♭ → F → C#
これは英語的な音階の表し方で書いてますが、僕らにも馴染みのある「ドレミ」で書いてみるとこうなります。
レ → シ♭ → ファ → ド#
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この「Dm → B♭ → F → C#M7+5」の進行は、「No One Else」のなかだけでも4箇所登場します。
・前奏の8小節間
・「Oh the moon. Oh the snow in the moonlight」からの20小節間
・2回目の「Oh the moon〜」からの20小節間
・「You and I」を繰り返した後の、「And no one else」の歌いおわり
1曲の中にこれだけ登場する和声モチーフであるということ。どれだけナターシャにとってのこの音の運びが重要か、なんとなく伝わってきませんか?
このコード進行の何が素晴らしいかというと、4つ目のコードが「C#M7+5」になっているところ。
単純なコード進行のセオリーに沿うとすると
Dm → B♭ → F → A7
という進み方でもいっさい問題なさそうなんですがそこにあえて「C#M7+5」を使うことで、こんな効果が生まれています。
・「C# - F(E#) - A」という増3和音の響きが現れる
・ルート音の「C#」といちばん上の音の「C」に長7度が生まれる
・次のフレーズに移行するときに「C# → D」という半音進行になる
これ、専門的に書くとこういう小難しい感じになるんですが、これがまあ、どんな印象や効果を与えるかというと
なんかしらんけど「フワっ」とした浮遊感(増3和音)が突然来るし、どことなく「手放しの幸せ」って感じじゃない緊張感(長7度)もありながら、次のフレーズに移り変わっていく気持ちが滑らかに続いていく(半音進行)
ようなかんじがするわけです。僕の感覚では!!!!笑
夢に夢み、恋に恋しながら生きる、けれどまっすぐな眼差しを持った少女の「愛」の状態を、非常に詩的に表している和音進行だなあと、感じます。
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さて、そんなこんなで「Dm → B♭ → F → C#M7+5」のコード進行によって彩られている「No One Else」なのですが、いったい何調なのか、というとじつは、「ヘ長調/Fメジャー」なのです。
この「ヘ長調/Fメジャー」もかなり重要です。
なぜならばこの「Fメジャー」こそ、「ナターシャの思うアンドレイへの気持ち=愛」を象徴しているからです。
「No One Else」の曲中、「(アンドレイとのことを思い出すと)こんな風に私は飛んでいくのよ!」と歌い終わったあとの間奏は、前奏と同じリズムモチーフなのだけれど、コードが「F」になるのです。
アンドレイのことで頭も心も身体もいっぱいになると現れる「Fメジャー」
とっても象徴的ですよね。
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この「Dm → B♭ → F → C#M7+5」と「Fメジャー」についてを理解した上でスコアを読んでいくと、鳥肌が立つ瞬間がいくつもあります。ご紹介しますね。
ひとつめはM13の舞踏会のシーン。
アナトールに見初められ猛アタックを受けて口説かれるナターシャ。
追い詰められ、腕を掴まれ、「痛い!」と叫んだ後もアナトールは彼女に迫ります。そして口付け。
放心したようなナターシャは、混乱した状態で一度だけ「アンドレイ」と婚約者の名前を呼びます。
その「アンドレイ」の一言に付けられたコードが、なんと
「Fメジャー」
の和音なのです。それまで短調の混沌とした響きが続いているのに、突然霧が晴れたように、雲の切れ間から光が差し込んだように響く「F」の穏やかで明るい和音。
これは本当に、鳥肌もの。
ふたつめは、M15「Sonya & Natasha」の最後。
And without a moment's reflection
I wrote the answer to Princess Mary
I'd been unable to write all morning
という台詞的な歌のバックが「Fメジャー」のコード。
ずっとずっと書けなかった、マリアからの手紙への返事として「アンドレイの妻にはなれません」と書く直前のところ。アンドレイとの関係に自分の手で終止符を打とうと決めた瞬間に鳴るのが「Fメジャー」。
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「Dm → B♭ → F → C#M7+5」のモチーフも、形を変えて登場します。
M14「Letter」の最後。
アナトールから「君を愛している。君もYesと言ってくれ」と迫られ、
「Yes, yes, I love him!」とナターシャがアナトールへの愛を叫ぶシーン。
ここのメロディーのバックで演奏されるコード進行が
Dm → Gm/B♭ → F → C#dim
なのです。
コード自体はヴァリエーションになっているけれど、ルート音の進行だけ抜き出せば
D → B♭ → F → C#
と、「No One Else」に呼応していますよね。ナターシャの中の愛が、アンドレイからアナトールへのものに塗り替えられた瞬間。
この進行は、M14「Letter」の後奏にも登場します。
さらに衝撃的なのがM23の「Pierre & Andrey」
旅から帰ってきたアンドレイがピエールの元を訪れ、「ナターシャから婚約破棄の手紙が届いたが....」とその真偽をピエールに問うたあと
Here are her letters
Please give them to the Countess
と、「手紙をナターシャに返してくれ」と頼む、このバックで奏でられるのが
Dm → F → B♭ → C#dim
のコード進行。
D → B♭ → F → C#
のルート音の推移に呼応していますね。
アンドレイにとっても、ナターシャとの雪の夜の出来事は、大切で、恋い焦がれる思い出だったんでしょう。
ほんと、こういう音楽的構成の仕方を考えると、デイヴ・マロイの才能にはこんな一言しか出てきません。
あなた、本物の天才だよ.......
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さて、楽しんでいただけましたか?
もう一個、補足的なトピックなんですが。
ナターシャがアンドレイのことで頭も心も身体もいっぱいになると表れる「Fメジャー」の音。ファの音をルート音にした長三和音、明るい響きの和音です。
で、じっさい、アンドレイ自身はどんな音をまとって登場するのかというと。
M25「Pierre & Andray」の前奏から、陰鬱な響きを持った
Gm → B♭m → D♭ → G♭・D♭
というコード進行を従えてピエールの元に現れます。かなり意外性のあるコード進行。
それが諸々を経て、「D → B♭ → F → C#」の心情の変化を通って、そのあと「Fm」という和音にたどり着きます。
「Fm」は「F = Fメジャー」のコードと同じルート音を持っています。
けれど、「ラ」の音にフラットがついて半音下がるため、明るく穏やかな「F」の響きに比べて、比較的鋭くて、冬の重く厚い曇り空のようなくすんだ響きがします。
父親のボルコンスキー老公爵からナターシャとの結婚の許しを得るために1年間の旅に出ていたアンドレイにふりかかった出来事を考えれば、「Fm」の4小節にわたる(まるで葬送行進曲のような)4つ打ちにおくられて舞台から立ち去る心情が、わかる気がします。
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本当にたくさんの暗喩や引用、伏線が張り巡らされたデイヴ・マロイのスコア。
その魅力が少しでも伝わったでしょうか?
芝居に悩んだときに役者が帰るべきなのは、原典である台本と楽譜である。
答えはすべてそこにある。
この意味も、少しはわかっていただけたかと思います。
いやー、「グレコメ」って本当に素晴らしい作品ですよね!!!!
この、作品が持つ魅力とエネルギーを余すところなくお客様にお届けできるように、明日からも一所懸命頑張りますーーーーーー!!!!!