グレートコメットの「ニ長調」についての突っ込んだ話!(上級者編)
この記事は、「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレートコメット・オブ・1812」というミュージカル本編の、若干のネタバレも含んでいます。
「観劇前にネタバレ読みたくない」という方や、「基本的に自分の観た感想以外の情報は摂取したくない」という方には、読むことをオススメしません。
あと、あくまでここに書くことは、「山野が楽譜を読んだらこうなった」というひとつの読み解きです。
「この読み方が唯一の正解だ!」と主張したいわけではありません。
じっさいに作品をご覧になってあなたが感じた感想が、僕の読み解きと食い違ったりしたとしても、「私の感想、間違いなんだー」とか思う必要は一切ありません。
「ふふーん、そういう見方もあるのね、にやり」ぐらいの軽さで、楽しみながら読んでいただければ嬉しいです!
それではいってみよー!
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さて、「グレートコメット」。
1/5に初日が開いて、あっという間に中日を過ぎました。
すでにご覧いただいた方も、マイ初日はまだなのだーという方も、いろいろいらっしゃると思いますが、閉幕までにひとりでも多くのお客様にこの作品を愛していただければなと心の底から思っております。
ミュージカルの観劇の方法は、お客様自身の思うがままに見ていただくのがいちばんです。
が、「台本や楽譜の専門的なことをちょこっと理解した上で鑑賞する」という楽しみ方も、この世の中にはあるんじゃないかなーと、僕は考えています。
「グレートコメット」をより楽しむための、分かり易いあらすじ紹介記事なんかは、各メディアさんがいろいろと出してくださっているので、
僕はあえて「ちょっとやそっとじゃ分からない」ような、上級者編の情報をお届けしようと思います。てへ。
さてこの作品、「エレクトロポップオペラ」と作曲者自身が呼んでいるように、作品中にいろーんな要素を持った音楽が登場します。
ジャズ、ロシア民族音楽、オペラ、現代音楽、EDMなどなど。
パッと聞くと、不協和音や複雑な跳躍音程が多くて、奇抜で掴みにくい音楽に感じられがちなんですが、じつは楽譜を紐解いていくと、とてもシンプルな要素から組み立てられていることがわかるのです!
今日注目したいのはズバリ。
ニ長調。
ニ長調というのは、曲の「調性」の種類のことです。
英語で言うと「Dメジャー」ということですね。
「レ」の音からはじまる長音階が基本になっている調性のこと。
じつはこの「ニ長調=Dメジャー」という調性が、グレコメのなかの「ココぞ!」という重要な場面に、狙って使われているのです。
そのシーンがどこかというと、こんなかんじ。
・M2の「Pierre」
・M16の「Sonya Alone」
・M26の「Pierre & Natasha」
・M27の「The Great Comet of 1812」
・M9の「The Duel」のアナトールの独白部分
最初の4曲をピックアップするだけでも、「ニ長調/Dメジャーがグレコメ中の重要なところに出てくる」ということが納得していただけると思います。
「でもそんなこといったって、重要な曲は他にもあるじゃん!」
「ナターシャの"No One Else"は?ピエールの"Dust and Ashes"は?」
そんな声も聞こえてくるかんじがします。
その上で「Dメジャー」がどんな機能を果たしているのかを考えてみると。
「登場人物が自身の心に確信を持って、そのままの自分の等身大を受け入れた瞬間」にあらわれるのではないかな、と思います。
ソーニャのソロ「Sonya Alone」は、自分の分身といっても過言ではないほど愛し、心配しているナターシャとの大きな衝突のあとに、「何があっても彼女のことは私が守る」という決意と、自分の元からナターシャが去った喪失感を歌っている曲。
ソーニャという人物のヒューマニティやバックボーンが伝わってくる曲です。ソーニャ自身もそれを自らの言葉でまっすぐに語っている。
「Pierre & Natasha」は、引き篭もっていたピエールが自ら家を飛び出し、自殺未遂を図ったナターシャに自ら会いにいった先で、結果として劇中ではふたりが初めて顔を合わせる瞬間に歌われる曲。
それぞれ「世界から見捨てられた」という思いを持ったふたりがひとつの事件を軸にして対話をし、心を通わせる美しいシーンです。そこで語られる言葉には、ピエールもナターシャもそれぞれ、ひとつも嘘がない。
M26のナターシャの存在に心を動かされたピエールが寒空の下に出て歌うのがフィナーレの曲「The Great Comet of 1812」。
その前の出来事と、大彗星の姿に、「新しい命がいまはじまる」ことを実感するナンバーです。ここで語られる言葉にも、嘘偽りがない。誇張も、歪曲もない。
面白いのは「The Duel」のアナトールの部分なんですが、楽譜上は76小節目からはじまる「Nevermind about that now 〜」ってくだりで彼は
「俺は俺の生きたいように生きる。アヒルが水を泳ぐのが当然なことと同じように、神は俺をこう作ったんだ。(だから酒と女と金を愛することはやめない)」みたいなことを歌っているわけです。これも超正直ですよね。笑
「Dメジャー」に彩られて登場人物たちは、自分の心に嘘偽りのない言葉で、自分自身を語ることができるようです。
「じゃあ、"Dust and Ashes"は?」
って話になると思うんですけど、この曲(D&Aって略すことにします)は、「Gマイナー」からはじまっていろんなところを経由したのちに「B♭メジャー」に解決するのです。
「Gマイナー」、つまり「ト短調」は、「Dメジャー」からしたらサブドミナントの調性なわけで。(正確に言うと、下属調の同主調)
だから「Dに支配されてるかんじはうっすらするけど、そこに到達できてない」みたいな印象がする気がします。
コード進行的にも「Gm11 → D7(#5)/F#」の循環でスタートするので、けっこうすっきりしてないかんじ。まだ、心や考えが定まってない、混沌の中にいる雰囲気が感じ取れます。
自分が生きるということがどういうことなのか。そこに直面して、その答えを自分と、神に問いかけるような形のビックナンバーであるがゆえに、「まだ答えが出ていない」からこそ、Dメジャーを意図的に避けたかんじがします。推測だけど。
「ジョシュ・グローバンがピエールを演じることが決まったから作られた追加ナンバーである」という点も、この辺の調性選択に関係している気がするなー。
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さて、ここでひとつ僕が感動したポイントについて書いてみます。
上のピックアップには挙げたのに、あえて言及してなかったM2の「Pierre」について。
じつはこの曲、冒頭はDメジャーのコードから始まるのですが、曲の正確は「Eマイナー/ホ短調」なのです。最後の解決の和音も「Em」。
ピエールが「Dメジャー」で弾き始めるのに、途中からそこを逸れていろんな調をぐにゃぐにゃと経て、「Eマイナー」に着地するのがこの曲なのです。
「このまま、今のままの自分で生き続けることはできない」と気づいたピエールが「Dメジャー」から歌い出すけれど、自分の惨めさと自分の人生の空虚さを嘲笑していくうちに「Dメジャー」から離れていく。
しかも、最初に登場する進行が「D → F#m」という、なんとも捉えどころない展開。ピエールの困惑や、人生の行き詰まり感はヒシヒシと伝わってきます。
な!の!で!す!が!
重要なのはこの「D → F#m」がM27の「The Great Comet of 1812」にも登場するということ!!!!!
ラストナンバーの、ピエールの歌い出し4小節がこの進行。2フレーズ目の頭4小節もこの進行。そして、コーラスが歌う2フレーズ目の冒頭4小節もこの進行。
作曲者のデイブ・マロイさん、ぜったい狙ってますよこれ。
M2とM27の関連付け、ぜったい狙ってます。
「Pierre」では自らの人生を率直な言葉で語ることのできなかったピエールが、ナターシャとの対話を経て、ようやくラストナンバーで「Dメジャー」にたどり着く。
そしてその曲には、ピエールが今まで生きてきた苦悩も、歩んできた道のりとして肯定されながら織り込まれる。「D → F#m」という進行を借りて。
なんてこったい。鳥肌もんだぜこりゃ。てやんでい。
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さて、こんなに感動的な「Dメジャー」なわけですが、どうやらナターシャにはこれが登場しないようです。M26の「Pierre & Natasha」以外は。
ナターシャはどんな調性によってキャラクター付けられているかというと。
これは次回にしようかな!
お楽しみに!!!!!
あ、ちなみに、デイブさんがなぜ「Dメジャー」をこれほどまでに重要な調性として設定したのか、なんですが。
これは本当に憶測なのですが、「弦楽器を主体としたアンサンブルで演奏したときに、開放弦の豊かな倍音を得られ、かつ、輝かしい響きを持った調である」ということから、この調に重要なポジションを与えたんじゃないかなと
僕自身は勝手に考えています。
歌うことを考えても、最高音として上の「ラ」の音を有効に使えたり、決め音として「レ」の音を男性の声で響かせると厚みが出たりと、そういう効果もあるだろうし。
素晴らしい作曲家は、調性のチョイスが巧みだっていうのはクラシックの常識なんだけど、ミュージカル界でもこれは例に漏れず、って感じですね。音楽って面白い。本当に奥深い。
ではまた!
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こういうことを書くのが大好きな山野靖博は、先日、事務所の移籍をご報告させていただきました。
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