【書評】『いのちの車窓から 2』星野 源(著)/KADOKAWA
何か嫌なことがあったときや心にモヤモヤが残ったとき、ダークな沼にどっぷりつかりたくなる人はいないでしょうか。
「ポジティブにとらえる」とか「くじけない!」みたいな言葉ってよく聞くのですが、個人的には藍色のディープな沼にどっぷりつかって、存分にくさくさして心にたまった不純物たちを一気に顕在化させて想像のなかでくしゃくしゃと、いや、ぐしゃぐしゃと丸め、ポーンと投げたくなるときがあります(どうした)。
そんなときに無理に「忘れよう!」「前を向こう!」なんて思わないのがよい。
じわじわと、己のダークさにつかり、想像のなかで地に這いつくばるのだ。
……っていうときが皆さんに等しくあるのかはわかりませんが、そんな気分のときに読める本を紹介します。
書籍の概要
それはタイトルにもあるように、星野源さんが書かれた『いのちの車窓から 2』(KADOKAWA)です。
書籍の紹介の前に、星野源さんを紹介させてください。もうとても有名な方ですが、万が一知らない方のために。
星野源さんは、1981年生まれの俳優・音楽家・文筆家です。
2015年の紅白歌合戦にて、ご自身の楽曲『SUN』で初出場。2017年の紅白歌合戦ではTBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で使われた大人気曲『恋』を披露。
その後も毎年紅白歌合戦に出続け、ドラマにも出演、映画にライブに……!
書き切れないくらい、あらゆる場所でご活躍なさっている方です。
2024年9月30日に発売された『いのちの車窓から 2』は、そんな星野源さんが、雑誌『ダ・ヴィンチ』で綴ったエッセイが収録されています。
約7年半前に発売された『いのちの車窓から』は、累計発行部数45万部突破(電子書籍含む)。
その第2巻となる今回のエッセイでは、2017年から2023年までの連載原稿23篇に、4篇の書き下ろしを加えた合計27篇が収録されています。
何気ない日常の解像度を上げて書かれた作品や家族との生活、創作活動で感じたことなどが書かれています。
星野源さんが好きな方はもちろん、豊かな心情が描かれたエッセイを読むのが好きな方、日常を解像度高く感じ取る方の考えに触れ、自分の思考にちょっとした刺激を入れたい方は、ぜひ。
読んだ感想
こちらの本が発売されることを知ったのは、8月の初旬。X(旧Twitter)の投稿で知り、さっそく予約。届くのを楽しみにしていました。
いざ届いたあとは、毎日夜寝る前にちょっとずつ、ちょっとずつ読みました。
本当は一気に読めるのですが、それをしてしまうと楽しみが終わってしまうので、もったいないと思い。
最後のほうは、少々ペースを落としながら読んでいました。ちょっとでも読める日を伸ばすため。
読み終わった感想としては、もう、星野源さん、ありがとうございますという感じです。
前作もそうだったのですが、暗い気持ちでいることが当然であるかのような気分にさせてくれる。
明るいこととかポジティブなことを言われると「そうならなきゃだめなのかな」と思ってしまうと思います。ですが、星野源さんのエッセイでは、暗い気持ちになることが何も特筆されないというか、ただそこに暗さがあって肯定もされなければ否定もされないような、居心地の良さを感じます。
つまりは、暗い気持ちであることが、あえて定義づけられないって感じ。
日常における「歯を磨くこと」や「ご飯を食べること」のように、ただ自然にそこに暗い感情があるような。というか今思ったけど、暗いことを考えて前を向けるなら、それは我らにとっての「明」だ(どうした)。
ちょっと心に残ったところを紹介します。「出口」というエッセイから。このエッセイ、すごく好きなんですよね。
一部引用してみます。
ここにすごく共感。「出口がない」っていう感覚、すごく疲れたり、よくないことが続いたりすると、持ってしまいそう。
私自身、今いろんな選択肢を知っている状態で過去のことを思い浮かべると「あのとき無理にああしないでよかったな」と思うことがあります。
正常な判断をするための気力がなくて、その間にじわじわと削られることはあるのかもしれない。
おそらく、ここ5年くらいはそうした状況になったことはありませんが、もし今後出口がないような状況になったら、一番簡単に手が届く扉をとりあえず開けてみるのでもよいのかもしれない。詐欺とかそういう、倫理的にNGなものでなければの話。
この「出口」もすごく好きなんですが、パッと浮かぶエッセイでもうひとつ好きなものが。
それは「心の扉」です。
このエッセイはすごくて、こんな一文から始まります。
そして、最後の一文はこんな言葉で締めくくられています。
何が起きたのか? と思うでしょうか? 何も起きていないのです。
このエッセイでは星野源さんが、数時間ベッドの上でスマホをいじったあと、筋トレをしなきゃ、英語を勉強しなきゃ、掃除もしなきゃ、と思っている、その心情が丁寧に描かれています。
このエッセイのなかで星野源さんは音楽を作っているわけでもないし、役者として演技しているわけでもない。ライブに取り組んでいるわけでもなければ、誰かとほっこりするような会話をしているわけではない。
けれど、なんだか心を持っていかれる。
どうしてこのエッセイが好きなんだろう? と考えてみたのですが、たぶん「摂取しやすい」みたいな感じなのかな、と思いました。
スポーツ時のハイポトニック飲料のように、体内に何の違和感もなく入ってくるこのエッセイ。
たぶん自分にも、こういう気持ちになるシーンがたくさんあるからなんでしょうね。そう思いました。
このエッセイの星野源さんのように、自分も先ほどまさに思っていました。
「あぁ、あれも勉強しなくちゃいけない」「これも準備しなきゃ」「この手続きもして」「あれも覗いてみなきゃ」「あそこの掃除ももう少し進めたいな」って。
いろいろな自分を思い浮かべては、結局、すやすやと心地よい眠りを優先しそうな自分がいます。ベッドが磁石のN極だとしたら、私はS極だ。
能力至上主義のような世の中で、こんなに人気で尊敬できる方が、ただただ思考を遊ばせてゆっくりしている。そんなところを想像するだけで、なんだか落ち着く。
こうしたゆったりした発信をたくさん摂取して、自分をニュートラルな状態にしたい。
誰もが持つ感情なんだけど、あえて発信してくれる人がいないから、こんな何気ないエッセイにありがとうございますと言いたい。
本当はもっと書きたいところがたくさんあるのですが、このへんで終わります。お読みいただいたときのお楽しみということで。
特に後半に書かれているご家族とのやりとりは、もう、ほっこりしすぎて。
今ふせんを貼っていたところをめくっていたら、また「うっ、ここも刺さりすぎた箇所だ」というところを見つけました。
言わないほうがよいかなと思って出さないでいるようなことを、星野源さんは(もちろん、取捨選択しているとは思うけれど)出してくれている。
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そういえば私はあまりドラマを見ない人(たぶん逃げ恥以来見ていない)だったのですが、ちらのエッセイをきっかけに2020年に放送されたTBSドラマ『MIU404』(ミュウ ヨンマルヨン)をイッキ見しました。
……おもしろい! どんでん返しもあるようなストーリーもおもしろいのですが、それだけでなく、社会問題も盛り込まれたような内容。ハマってしまい、ずっと観ていました。
闇バイトや留学生の受け入れなどが描かれていて、考えさせられました。
エッセイからドラマも観られて、曲も聴けて、映画も観られて……なんて、星野源さんを好きでいると楽しみが広がりますね。
普段見逃してしまうような、微細な感情と向き合う機会を得たい方は、ぜひ。
概要はKADOKAWAホームページにて
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