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疑似人物図鑑 ドン・キホーテと魔女見習い(2024.06.05)

いつもの帰り道。片側3車線の国道沿いに大きなドン・キホーテがあって、その大きな壁の左側にドンペン君、右側にドンコちゃんが描かれている。まるで立ちはだかる金剛力士像のように、往来を行く人々を見下ろしている。

ドン・キホーテの前には横断歩道があって、私はそこで信号待ちをしていた。ぼーっと前を見ていると、その横断歩道を走って渡る女性がいる。

とても慌てている様子で、体が左に傾いている。野暮ったい長い髪を振り乱している。目が細く、鼻が低い。真っ黒な長いワンピースを着て、背中に背負った黒いリュックを揺らして走る。ワンピースからは飾り気のない足がしっかりと伸びていて、白い、少し汚れたようなスニーカーを履いている。

女性は一目散に走る。靴底の薄いスニーカーがペタペタと道路を叩く。西日が刺すように熱く眩しい。横断歩道の上に濃くて長い影が落ちている。

その女性は私たちとは別のレイヤーで生きている。たまたま私たちの目に触れているが、そこに実体はない。

女性は魔女見習いだ。普段はお師匠さんのところで修行に励んでいるが、ドジばかり踏んでいる。いつもこっぴどくお師匠さんに怒られて、その都度凹むことは凹むけど、すぐに忘れてしまうので、また同じ事で怒られる。

ひとつ上の姉はとても優秀で、もうすぐ一人前の魔女になれるとのこと。魔女としてはそこそこの母は、そんな姉と見比べて「お姉ちゃんと比べてあんたはダメだねぇ」とため息ばかりついている。魔女見習いはそんな母に心底ウンザリしている。

ドンペン君とドンコちゃんは神の使いで、わりと位が高い方だ。悪魔界隈ではまぁまぁ恐れられている。しかし言ってもペンギンなので機転が利かないし、言われた事しかできない。神様からは「もうちょっと頭を使って行動しろ」と言われるが、どうやって頭を使って良いのか分からない。

魔女見習いは、魔法使いの師匠から一人前の魔女になるための試練として、神様の住む城(現世ではドン・キホーテとして存在している)から、聖杯を盗んでくるように仰せつかった。聖杯を守っているドンペン君とドンコちゃんがアホなのでうまく出し抜いて聖杯を盗んだものの、途中で気づかれてしまって、慌てて逃げている。


そんな光景が現世という別のレイヤーで今、私の目の前に現れている。魔女見習いの女性は横断歩道を渡る前から歩行者信号が点滅していたので、ゆっさゆっさとリュックを揺らして不格好に体を傾けて走って行った。その背後に巨大なドンペン君とドンコちゃん。

もうすぐ山影の向こうに隠れてしまう刹那、太陽は燃え尽きる寸前の線香花火のように、景色の全てを激しく照射する。魔女見習いは息を切らして横断歩道を渡り、ドンペン君とドンコちゃんは逆光に沈んだ。

信号が青に変わり私は車を進める。束の間現れた魔法世界は日没とともにゆっくりと消え去ってしまった。

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