冷やしシャンプーはじめました(2024.07.05)
昨日のやつのコメント欄でsakuさんが冷やしシャンプーの事にふれてらっしゃった。地上が、地表が、暑すぎるというか熱すぎるので、朦朧とする意識の中、冷やしシャンプーをやってる理髪店なんかを商店街の一隅で見つけたりしたら、フラっと入ってしまうのじゃないかと思った。
「冷やしシャンプーはじめました」
という、冷やし中華のノリで、しかしさりげない感じで。素っ気なく書かれた貼り紙が一枚。そして店はオヤジさんが一人で切り盛りしてるタイプ。重いガラス扉を開けたらカランカランと音がして、何やら熟読していた新聞から視線を上げて「はい、いらっしゃい」って言う。
私「冷やしシャンプー、大丈夫です?」
店主「ああ、冷やしですね。やってますよ。どうぞおかけください」
髪は切らない。冷やしシャンプーのみ。そういう客がこの時期は一日に2~3人やってくる。この店の「冷やし」でないとだめだという常連客もいる。
冷やしシャンプーにはちょうど良い冷やし具合というのがあって、冷やせば冷やす程良いかというとそう単純なものでもなくて、人それぞれ好みがあるし、店主のこだわりが垣間見れるポイントでもある。
年季の入った洗髪台はしかし清潔に保たれていて白く、椅子は腰をうずめるとギュッと深い音がする。洗髪はうつぶせのスタイル。視界を奪われて、店主に全てを委ねる。
シャワーは温かい。最初から冷たいシャワーで髪を流すような無粋な事はしない。髪に付着した汚れを軽く洗い流す。客の好みに応じてシャワーの温度は調整する事が出来る。
「熱くないですか?よければもう少し冷やします」
「おねがいします」
そうして店主はシャワーの温度を少しずつ下げていく。しかしあまり下げ過ぎるというような事はしない。
シャンプー自体は山形の月山というところの自然水で作ったもので、長年それを取り寄せている。当初は色々と試してみたものの、結局これに落ち着いた。髪によく馴染んで清涼感が程よく、ほのかなメントールの香りが鼻腔に抜ける。
シャンプーは揉みこむように、ゆっくり丁寧に行う。全体に馴染ませて、少しずつ泡立てる。客の頭を揺らさないように細心の注意を払う。
「かゆいところはありませんか?」
「ないです」
そうして店主はシャンプーを追加して、今度はしっかりと髪を洗う。頭皮をマッサージするみたいに指先に力をこめる。ゆさゆさと客の頭が小刻みに揺れる。シャンプーのメントールの香りが冷たいクーラーの風にのって拡がる。
熱く白けた店の外。人通りは少ない。屋根の上でスズメが跳ねる音がする。猫が日陰でうずくまっている。
優しく温いシャワーで泡は流されて、渡されたタオルで頭の水分を自ら拭き取る。鏡に映る自分の目が心なしか大きくなったように見える。店主が手にした銀色に輝くドライヤーの、ボリュームのある風で、髪はあっという間に乾いていく。
「1000円になります」
冷やしシャンプーはきっちり1000円。支払いは現金のみだ。私はお金支払いを済ませて店を出る。
「ありがとうございました」
店主は私を見送って、扉のところまでやってくる。扉を開けると熱風が。
私は「暑いですね」と言い、店主は少し笑って「お気をつけて」と言ってガラス扉を閉める。
頭にはまだ清涼感が残っていて、メントールの香りがかすかに鼻に下りてくる。全身を突き刺すような暑さに、ささやかな抵抗をしている。
来週はどこかそういう理髪店を探して、冷やしシャンプーをしてみたいもんです。