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SOML ④ Lewis OfMan - Frisco blues
みなさんは、人生をかけて聴き込んでいくような曲に出会ったことはあるでしょうか。音楽鑑賞を趣味としていると、度々そのような曲に出会うことがあると思います。出会い方はまちまちで、街中で流れている曲であったり、初めはそこまで好きではなかった曲がいつのまにか、かけがえのない曲になっていくこともあります。出会い方はどうであれ、その人の人生を象徴する曲、つまり「Songs of my life」(SOML)です。
Lewis OfManのこの曲は間違いなくSOMLのうちの一つです。みなさんは「Frisco Blues」を聴いたとき、どのような印象を持つでしょうか。この曲を聴いて私がどんなことを考えたり感じたりするのか、この記事を読んでいただき伝わればうれしいです。
YouTubeでダラダラ音楽を聴いていたとき、彼のヒットソングの一つである「Siesta Freestyle」が流れ、そのまま今年に出ていた新しいアルバム「Cristal Medium Blue」に収録されていたこの曲と出会いました。5月のカラッとした暑い日と、涼しさを感じるこのアルバムの相性はとてもよく、初めて聴いた時から一日中繰り返し聴いていました。この曲の好きなところを話し始めたらキリがないので、以下の3つのポイントに絞ってご紹介したいと思います。
①極限までループしているボーカル
②懐かしさと寂しさ、柔らかさ暖かさを感じるトラック
③曲を通して前向きになるような構成
①極限までループしているボーカル
この曲のボーカルはとても制限されていて、まるでトラックの一部のように扱われています。インストゥルメントに声が組み込まれているような曲は多い(同アルバムの6曲目 Caballeroのコーラスがよい例です)ですが、この曲のボーカルあくまで制限されているのみで、インストゥルメントとはまた別の軸で聴こえてきます。ボーカルの補助として、肉付けとして伴奏を添える曲は多いですが、この曲のアプローチは全く別でインストゥルメントの補助としてのボーカルです。
なぜ制限されたボーカルがトラックに組み込まれずにその独立性を保っていられるのでしょうか。私は、使用したボーカルの声色やパターンに明確な意図を感じるからだと思います。使われている声は無邪気な子どものようで、私たちに故郷の風景や幼少期の思い出について考えさせます。トラックと私たちの間に子どものコーラスを挟むことで、私たちはトラックに移った自分を幼少期の姿でみることができます。
インストゥルメンタルの曲は、音楽を通して私たちの心に自分を鏡のように映してくれます。その鏡の形は様々で、それぞれの曲の骨格や雰囲気によって変わり、私たちをいろいろな角度で映してくれます。限界まで自由度がないこのボーカルはインストルメンタルの鏡と私たちをつないでくれています。
②懐かしさと寂しさ、柔らかさ暖かさを感じるトラック
この曲のトラックは複雑で、一言で表現し難いです。舞台となっているサンフランシスコの夏の気候のように暑くてカラッとしているような一方で、ビーチやプールにいるような涼しさ、湿り気も感じます。また、サンフランシスコの街並みに胸を躍らせているような一方で、温暖な気候に身を任せてリラックスしているような気分になります。私の幼少期を思い返してみると、心や気持ちが整理できずこの曲のようにいろいろな感情が渦巻いていました。複雑なトラックは整理されていない心そのもののようで、私たちの心を揺さぶります。
また、アナログチックなシンセサイザーの割れ方は、古くなったフィルムをまく音のようです。また、このインストゥルメント全体のレトロな音色は、私たちが記憶をさかのぼる音そのもののようです。人間の記憶力は完璧ではなく、たとえ大切な思い出だとしても、何回も思い出していく過程でどんどん劣化し、色褪せていきます。しかし、その記憶のフィルムに染みた思い出からは、そのとき確かにあった幸せのにおいが広がっています。この曲はそのにおいを味わう行為そのものであり、日々の生活で緊迫した心に安らぎを与えてくれます。
③曲を通して前向きになるような構成
幼少期を懐かしんだり、故郷に帰りたくなったりするとき、人間は決まって心が磨耗しています。1人で生きるにはこの世界は苦しく、たまには過去に寄りかかりたくなるのは当たり前です。問題は、再び立ち上がれなくなったり、歩くことをやめてしまうことでしょう。この曲は全編を通して幼少期を回想していますが、後半になるとルイス本人のバースがはじまり、それは過去によりかかる私たちが歩き出す勇気をくれます。
「You know I never found you, how wish i met you. And I love you so, love you so. And i miss you.」
これは誰に当てたリリックでしょうか。私は最初、私たちファンに当てたリリックに感じていました。それも間違いではないと思います。しかし、最近このリリックを幼少期の彼自身に当てたものだとも感じるようになってきました。もっというと、幼少期の彼を取り巻く環境や家族からの愛情、幼い彼自身、彼の心の中全てが ”You” にこめられていると感じられます。
過去と未来は一方通行で、私たちの未来がわからないように過去の私たちが今を知ることもできません。また、未来の私と今の私が会えないように、過去の私と今の私が会うこともできません。この”私”と”過去の私”の距離感からは、それを過度に悲しまず、かといって前向きにも捉えすぎず、ただ心の糧として生きていく、そんなメッセージを感じます。
いかかでしたか。長々と語ってきましたが私が勝手に感じ取ったものを勝手に表現しているので、音楽が詳しい方から怒られてしまうかもしれません。ですが、私のこの曲に対する愛情や情熱を少しでも感じ取っていただき、一人でも聴いていただく方が増えるのであれば幸いです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
Yamanba