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工場の人々「熊の検査員」
届いた部品を持って、今日も試験場へ向かう。製造元から届いた部品を試験場に持って行く、試験が終わったら回収して結果を設計者に伝える。部品の納入が遅れそうだったら試験の日程の調整をお願いする。それが私の毎日だった。工場の敷地内、歩いて良いのは白い線と線の間だけ。なぜかと聞くと、みんな口をそろえて「あぶないからね」と答える。あぶないのは嫌なのでルールは守る。
試験場に入ると黒くて大きな毛玉がデスクに座って何やら書き物をしていた。
「こんにちは」
作業着を着た毛玉はこちらを見て「ああ、君か」とくぐもった声で言った。熊の検査員さん。名前は知らない。みんな熊さんと呼んでいるので私もそう呼ぶ。
「この爪じゃキーボードをすぐ壊しちゃうからね、書いた方が早いんだよ」
人差し指をピンと立てて言う。指の先にはするどい爪。危険はないと分かっていてもそれを見ると体中の毛が逆立つ感じがする。
熊さんはその長い爪を器用に使ってパソコンも操作できるし文字も書ける。試験の機械のセッティングもこなす。ここで働く生き物の中でも歴が長いと誰かが言っていた。
のそりと私の倍以上もある重そうな体を持ち上げて、試験場の奥の方に歩き出した。私もそれについていく。作業着からはみ出した手足に生えた真っ黒い毛はつやつや輝いて、薄暗い試験場の明かりに反射した。熊さんの一歩はとても大きいので、私は早足で歩かなければならない。部品を落とさないようにしっかりと抱く。熊さんのような大きな腕が私にもあれば運ぶのも楽なのになと思う。建物の中にももちろん白い線と線がのびている。歩いて良いのはこの線と線の間だけ。初めて来たときに熊さんにも聞いてみた。答えはみんなとおんなじだった。
試験場の奥にあるのは無機質なスチールのテーブル。左側にはこれから行われる試験を待っているものたち。右側にはもう試験が終わり役目を終えた様々な姿形の部品たちが横たえられていた。持っていた部品を順番待ちのテーブルに置く。これで今日のお仕事はおしまい。
「ちょうどこの間のが終わってるから、持って帰るといいよ」
熊さんが端っこにある部品を指さす。部品は真っ二つに割れていた。
「これは不合格でしょうか?」
「いや、この壊れ方は合格」
壊れているのに合格とはどういうことだろう? 隣に置いてある別の部品もまた割れていた。
「こちらも合格なのでしょうか?」
「いいや、これは不合格」
「合格と不合格、なにが違うのか私には分かりません」
熊さんは少し悩んで、どこかへ消えた。そしてすぐに分厚いファイルを持って戻ってきた。
「ここに全部が書いてある。ほら、この写真。君のとこのと同じ壊れ方だろ」
ファイリングされた写真の一つを立派な爪で指さした。確かに、言われてみれば同じように見える。
「なぜ、これだと合格なのでしょう?」
「さあね、このファイルの中の合格と同じだったら合格だし、不合格だったら不合格だよ。昔からそう決まってるのさ」
なんだか狐につままれたような気持ちになったけど、私の仕事は試験結果を伝えること。熊さんから空き箱をもらって、真っ二つになった部品を箱に入れた。持って帰って合格でしたよと報告しなければならない。
「では、失礼します。また来ます」
一礼して、一歩踏み出した。
「こらこら、足元気をつけて」
下を見ると白線を踏んでいた。
白線を飛び出したらいけない。合格不合格と同じ、昔からそう決まっているのだ。理由は一つ「あぶないからね」。