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工場の人々 「蟻権」

 蟻の姿形のまま知性を持った蟻たちが蟻の権利「蟻権」を主張し、数の暴力に屈した政府が「蟻権」を認め、蟻たち専用自治区が東京のどこかの自然公園内にできたとニュースで大きく取り上げられた。知性を持った蟻たちはこぞってその公園に移住しているらしい。もちろん、今まで通り地球のどこでも好きなところで好きなように巣を作り、時々人間の子どもに巣穴を埋められながらも自由に生きることを選択した蟻たちもいる。知性を持った者はほんの一部である。
 こんな風にたまに人間とおんなじような知性を持ち、会話ができ、仕事ができる生き物が現れるようになって早数年。日本でも有数の広さを誇るこの会社ではいち早く人間じゃない生き物の採用を始めた。
 会社の最寄り駅から自分たちの働く建屋に向かって歩く人間に交じって、ちらほらと他の生き物たちの姿を見ることができる。熊やウサギやネズミ、犬、猫、猿……。会社で雇ってもらえるのは、二足歩行か二足で安定して立ち続けることができて、前足で何か作業ができるもの。作業着と帽子、ヘルメット、安全靴を身につけることができるもの。日本語か英語でコミュニケーションが取れるものに限られる。だから同じように知性があっても、蹄があって前足で作業のできない馬や豚や牛なんかはいない。
 生き物たちは人間らしい姿に変身している訳ではないから、ライオンならライオンの姿のままのしのしと四足歩行で通勤するし、ゴリラも熊ものそのそ歩いている。その姿をふいに見かけると今でもぎょっとすることがある。知性も分別もあるから、肉食獣であっても人間や草食動物を襲わないと分かっていても、なんとなく落ち着かない気持ちになる。 蟻は小さすぎてできる作業がなさそうだから、きっと社員の一員になることはないと思うけれど、これだけ大々的に取り上げられたらいつか蟻と一緒に通勤することになるのかもしれない。
 ちなみに、自然公園蟻特別自治区では、地下に巣を作るタイプの蟻と地上に蟻塚を作るタイプの蟻とで争いが絶えないらしい。なんでも、地上と違って地下は自治区内と外の境界が分からないので、巣を広げ放題であることが地上蟻たちにとって気に入らないところなのだそうだ。地下蟻たちは特別自治区外にこっそりと巣の出入り口を作り、密かに領地を広げようと企てているようだが、人間の子どもたちによく巣穴を埋められるため、なかなか思うように侵略活動が進んでいないのが現状である。

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