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私の妖精さん

私は、大学生になったばかりの18歳である。茨城県の小さな田舎町から越してきて、現在は寮で暮らしている。
最初は、家族と離ればなれになってホームシックになったが、今では慣れてきて、親に連絡をとるように怒られるくらいだ。

さて、本題に入るが、今回話すのは、大学生になってから気づいたことについてだ。

私は実家で暮らしていたとき、家事は妖精さんが勝手にやってくれるものだと思っていた。家に帰ってきたらご飯ができていて、お風呂も沸いていて、洗濯物は畳んでくれたものをしまうだけ。今思うと、その妖精さんはどれだけ優しくて、どれだけ私を好きでいてくれたのだろうと、とても不思議な気持ちになる。

その妖精さんの正体は、私の母と祖母だ。

体験してみて初めて気づくことはきっと山ほどあると思うが、家事の大変さについては、自分でやってみないとわからないランキングで堂々1位をとれると思う。炊飯、食器洗い、洗濯、ゴミの分別、ゴミ出し、お風呂掃除に、トイレ掃除、掃除機をかけて、アイロンがけ…。あげたらきりがない。六畳の部屋の中を行ったり来たりしながら慣れない手つきで家事をしているから、とにかく時間と体力を消耗する。問題なのは、家事には終わりがないことである。

たいていの物事には、終わりが存在する。実際、家事も一つ一つの行程を見れば、終わりは存在している。だが、終わった瞬間に次の家事が降ってくるのだ。ゴミ出しをしても、その日のうちにゴミは出るし、お風呂掃除をしても、その日にお風呂に入るのだ。何を単純なことを言っているのだと思われるかもしれないが、私は、こんなにも単純で、恐ろしい事実に気づくことなく、18年間のうのうと生きてきたのかと、ここに来て初めて驚いている。そして同時に、こんなにも怠惰な娘を18年間見捨てず育ててくれた家族が、神様にしか見えなくなった。

引っ越してきてからも、妖精さんが段ボールいっぱいの食料やお菓子を送ってきてくれたり、電話をかけてきてくれたりと、たくさんお世話になっている。でも今は、妖精さんの大変さをわかってあげられる気がして、「少し成長できたかな」と嬉しい気持ちになる。

今度実家に帰ったときには、母と家事の大変さについて愚痴を言い合いながら、百均で時短グッズを一緒に見て回りたいなと、密かに計画を練っている。

文・写真:石井陽菜(国際政策学部1年・学生広報委員)