初めて山小屋で住み込みアルバイトをした時のこと
僕は20代の頃、山小屋で住み込みで働いていた。
あの時、引っ込み思案な僕が「えいや!」と勇気を出して踏み出した一歩に、僕は今でもとても感謝している。よくやったぞ!
山小屋で働こうと考えて、実際働く小屋を決めるのに、二ヶ月かかった。大手山小屋アルバイト募集サイト・インクノットさんのお世話になった。
しかし、どこもかしこも「元気で明るく協調性のある若者」を求めすぎだと思う。これじゃ応募できない(僕が悪い)。
そして、働く小屋を決めてから電話をかけるのに二週間かかった。
二週間、その小屋の電話番号を入力した画面を見つめながら、通話ボタンを押せずに携帯を握りしめ続ける日々が続いた。
アルバイト開始の二日前から心臓がバコンバコンいっていた。ドキドキじゃない。バコンバコンだ(重要)。
そういう切羽詰まった緊張状態に陥るのは出発前夜と決まっているだろうに、気が早すぎる。
出発前日、実家で何度も荷物の確認をするうちに、緊張がピークに達して、気を失うほどの腹痛に襲われた。
深夜、気づいたら病院のベットで点滴を受けていた。
そして、そのまま病院で出発当日の朝を迎えた。
これ以上ないくらい最悪のスタートだ。
よーいドン!の前に転んじゃった、みたいな。
こんなに最悪なド底辺からスタートを切ったんだから、もう、落ちようがないよな。これ以上悪いことなんてそうそう起こらないだろう、と、逆に心が楽になった。
なんてことはなく、相も変わらず心臓はバコンバコンのままだった。
そして、たどり着いた先の山小屋で、これまで長年培ってきた人見知り&コミュ障っぷりを余すことなく発揮した僕は、到着後すぐに絶望した。その時の日記の一文がこれ。
「小屋に着いてまだ一時間だけど、すでにもう無理。一刻も早く帰りたい。」
案内された暗い部屋の狭い自分のスペースで、電波の繋がらない携帯を握りしめていた時の気持ちは今でも鮮明におぼえている。
もともと僕は自他共に認める、人見知りで引っ込み思案な人間だった。
山小屋で働くと決めた時、家族にも友人にもびっくりされた。
僕が一番びっくりしていた。
物理的に逃げられない、隔離された山小屋という閉鎖的な環境で、労働と共同生活。
車が入れる道路から、山道を徒歩で5〜6時間登った先なので、お店はないし、宅配も届かない。
一ヶ月働きながら生活するための荷物を、僕は30リットルのザックひとつで背負い上げた(次の年からはヘリでダンボールを荷揚げしていた)。
朝は早番は4時仕事開始だし、遅番でも6時には仕事開始だ。
お風呂は週に2・3回だし、トイレはボットン。紙は流せないので回収ボックスに入れる。
料理、配膳、掃除、受付、道直し。
宿泊・接客・飲食業に加えて、山特有の仕事など、仕事内容は多岐にわたる。
発電機が回るのが限られた時間だけなので、天気の悪い日は昼でも小屋内がとにかく暗い。
夜はヘッドライトがないと小屋内を歩けない。
そして場所にもよるけど、電波が悪い。
初年度、僕は休憩のたびに、携帯電話を持って山に登り、電波を受信していた。山頂付近は電波の入りが良かったのだ。
(あの頃と比べたら、今の電波事情はめちゃくちゃ改善されていると思う)
とんでもないところだ。山小屋。
だけど、僕は、自分が初めてここまで惹かれた「山」という場所で働いてみたかった。
大学生になった時、「何か新しいことがしたい」「圧倒的な大自然の景色を見てみたい」という気持ちで入った登山部。
結局、最後まであんまり馴染めなかったけど、僕を山好きにしてくれた、大事な部活だ。
小さい頃からずっと本さえあれば生きていけると思っていた僕が、もうひとつ、強く惹かれたもの。それが山だった。
だから、山に住んでみたかった。そうするには山小屋で働く以外なかったから、働いてみたいと思った。
そして、若者にありがちな理由なんだけど、今の自分をどうにかしたかった。
山に行けば何かが変わるんじゃないかと思っていた。
勇気を出して一歩を踏み出しさえすれば、何かや誰かとの素晴らしくて衝撃的な出会いがあって、毎日がとても刺激的で、価値観やら人生観やら何やらが劇的に変わるかもだなんて。
「いやいや、世の中そんなにうまいこといくわけないでしょ」なんて頭の片隅で分かってるフリをしながらも、それなりに期待していた。
なんともどこにでもありがちな話である。
あの頃の僕は若くて純粋で知識も経験も圧倒的に不足していたのだ。
(この件に関してはまた別のnoteで書きたい)
とにかく
「自然が大好きだから山小屋で働いてみたい。」
「あわよくば、とんでもない環境に身を置くことで、自分を変えたい。」
そんな感じの動機で、僕は山小屋へ行くことになる。
初年度の僕の山小屋での話は、まぁ、コミュ障ゆえに話したくないこともいろいろあるので、次回は山小屋で働いてみてよかったことについて書こうと思う。
写真にうつっている小屋は働いていた小屋とは関係ありません。