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ノイズゴースト・ハンターズ

「えー……諸君らも知っているとおり、彼が作ったコイルの塔での無線送電システム。この実験が成功したことにより第二次産業革命が起こり、世界中の電気という電気は全て無線で送信されている。」
眠い。
寝るととんでもなく怒られるから寝ないようにして窓の外を眺める。
全く、昨日も寝るのが遅かったというのに、この先生はそんな学生のことを考えることすらしない。いや、それをこの先生に求めるのも酷な話か。
そもそも我々の活動は両親にすら知られていないわけだ。我々が昨日行った大立ち回りとそれによりこの街にもたらされた平和を、彼等は誰も知らない。かみ殺したあくびを飲み込む。眠気覚ましに我々の活動名でも決めておくか?
「我々が脳内通信で会話できるのも、このシステムによるものだ。最も、脳内通信ですらある程度のノイズが生じる上に脳内通信以外は更にノイズがひどくとても使えたものじゃないが……。」
チャイムが鳴る。
やっと授業が終わった。この先生はいつも授業が長い上につまらない。
「……では、本日の授業はここまで。各自復習を欠かさぬように。」
そんな先生の言葉を軽く聞き流す。
教室を飛び出して一度家に戻り、鞄を放り投げてメンバーへ通信。
教室内で通信できれば一番だが、ジャミングがうざったいので仕方ない。
メンバーは3人。
多人数で行えばそれだけ活動がぼやける。故に、俺は俺の理念を理解する者以外とは関わらないと決めた。小数精鋭、というものだ。
……本当は、兄が一番目のメンバーだったはずだったのに。

俺>来られるやつ集合。いつものコイルの塔の麓にて。
アル>オーケー、今行く。
ジェイミー>ゴメン!補習かかったから遅れる!
俺>了解した。あとで個人宛に今回の場所を通達する。
ジェイミー>ありがと。

やれやれ、初っぱなからこれとは前途多難も極まれりだ。

『ノイズゴーストとは、一般的に無線送電により脳内に発生する通信のバグのようなものである。視覚・聴覚・脳内通信へ干渉されることで生じるが、そこには実体がない。』
私の理論とは真っ向から対立する、読み古したページを何度もなぞりながら、半ば秘密基地と化した塔の麓でアルの到着を待つ。
コイルの塔からは雷霆がとどろいており、それがどこにも接続されていない蛍光灯を煌々と照らしている。この世界が昼夜を問わず常に明るいのはこのコイルの塔のおかげ、というわけだ。
『都市伝説を解体しよう。そして、ノイズゴーストのしっぽを掴むんだ。』
本の脇に書かれているメモ書き。その言い出しっぺは紅一点のジェイミーだったか。出来ることならはじめからいてくれる方が説明の回数が省けるわけだが、補習となれば仕方ないことだ。
彼女、数学以外の教科は全部壊滅的だからなァ……。
「よ、待たせたか?」
「お前にしては早く着いた方だろう。」
「拗ねるなよ。」
「拗ねてなどいない。さて、始めようか。」
俺は黒い外套を、やつは白い外套を、それぞれ身につける。
……衣服の汚れが気にならんのか?この男は。

「で、ニック。今日は何を解体するんだ?」
「シェリング小学校の七不思議。」
口に出しながら、ジェイミーに個人通信を飛ばす。
「へぇ?そりゃ俺の母校じゃねぇの。七不思議なんてなかったが?」
アルが皮肉っぽい口調で言う。いや、その事は俺も把握しているが、だからこそ。
「だからこそ妙だと思わんか?」
徒歩で場所に向かいつつ、アルの質問に質問をぶつけた。無礼かもしれないが、幼なじみ故に許してくれるだろう。
シェリング小学校――正式名称はシェリング初等教育学校。
初等教育学校、というと舌を噛みそうなほど長ったるいため誰もその名では呼ばないが……。
「七不思議というなら七つあるのだろう?辿り着くまで徒歩で20分はかかる、詳細を教えろ。」
「命令口調は相変わらずだな、アル。それから、七つあるのは不正解だ。」
「不正解?七不思議だってのにか?」
通信で文面に残した方が分かりやすかろうと思い、アルの個人通信へアクセスする。

一つ、音楽室の電子ピアノがひとりでに鳴る。中断させる事なかれ。
一つ、教員棟の踊り場の鏡が笑う。故に、鏡を覗く事なかれ。
一つ、A棟3階のトイレで「ハナコ」を呼ぶことなかれ。
一つ、B棟4階の突き当たりに教室はない。入ることなかれ。
一つ、ひとりでに動く人体模型の頭を奪うことなかれ。
一つ、七つ目を知ることなかれ。それは死を招く。

あからさまにアルがやる気を失った。いや、正直俺も若干やる気はない。
「子供だましなウワサ、しかも六つしかないではないか。で、どうするつもりだ?」
「まず手始めにこの禁忌を全て破ってやろうと思ってな。」
「というと?」
今回の七不思議の特徴的なところ、それは全て禁忌事項というところにある。ならば。
「全て破ったら七つ目が現れるかと思って。」
「死ぬらしいが?」
「日和ったなら帰ると良い。」
「バカ言え。」
小学校の前でアルと中身のない会話をしていると、視線の隅にグレーの外套が見えた。
我らが紅一点、ジェイミーのお出ましだ。
「そうよ。私がいるから帰っても良いわよ、アル。」
「お嬢も来たってんなら尚更帰れねぇよ。」
「あらそう?じゃ、早速お邪魔しましょう。」
足早に彼女が校門を飛び越えるのを眺めつつ、軽くため息をついた。
全く、彼女はいつも自由だ。
事前に許可取りに勤しんだのは設立者である俺だというのに。
「で、まずどこが一番近い?」
そんな俺の様子を知らん顔で無視した彼女がひらりと振り返りながら問うた。
目の前にあるのはB棟。となれば――

B棟4階の廊下の突き当たり、そこには確かに教室があった。
噂を知らなければいたって普通の教室だ、と思う。内装を見ても不自然なところは一つもない。ロッカーに血だまりがあるわけでもなければ、誰にも咎められることなく内部に侵入もできた。
手元にあるノイズ計測機器も[10 Hz]を下回っており、幻覚の類でもなさそうである。確か『ノイズゴースト』が観測されるのは耐性のない子どもで100 Hz以上、普通の人ならば200 Hz程度。故に、この噂の当事者である子ども達だけが被害を被る、ということもない筈だ。
「本当にこれ七不思議?ガセネタじゃない?」
ジェイミーの疑問に首をすくめる。
「まぁ、それならそれで一つの結論だ。ありとあらゆる『あり得ない』を消した先にあるのがその結論なら仕方ないことだ。ガセネタじゃないといいがね。……さ、次に向かうぞ。」
脳内に展開したメモ帳に×を付ける。
残りはあと五つか。

鳴り止まない、という触れ込みの電子ピアノはそもそも鳴っていなかった。
踊り場の鏡に異常はない。
トイレでハナコを呼んでみたが返答はなく、人体模型は止まっていた。
「おいおい、マジで今回外れか?」
「はぁ……どうやらそうらしい。」
今まで幾度となく都市伝説の解体を行い、その中では勿論100%理屈を以て説明可能だった事例もすくなくはないが、ここまでの大ハズレを引いたのは初めてだ。
昨日が大当たりだった分、そんな日もあるかもしれないが……思わずため息もつきたくなる。。
「……ニックのお兄さんの手掛かりもなかったわね。」
「それはあまりアテにしてないから気にするな、ジェイミー。」
やってられっかよ、と呟きつつアルがドアに手をかけ――
「――開かねぇ。」
青ざめた様子の彼が、呟いた。
「アル、流石に笑えない冗談よそれは。」
「ジェイミー、アルはそんな冗談を言う男ではない。」
むしろ彼は俺以上に超常的存在を否定する側の人間だ。だからこそ俺は超常現象の解体に彼を連れ回しているわけだが。
「……待って、ねぇ、何よこのノイズ値。」
慌てた様子の彼女につられて、ノイズ値を確認した。
[1943.17 Hz]
これは。
常人ならば身動きがとれないほどの、強烈なノイズ。
どうりで
身体が、うごかない、わけだ。
「ちょっと、ニック!?」
視点が斜めにずれる。
そしてそのまま床に倒れた、らしい。
今までそこそこな修羅場をくぐっては来たが、位置感覚もあやふやなほどなのは、生まれて初めてだ。
「俺のことは捨て置け。二人は早く逃げろ。」
「逃げるったって、ガラスも割れねぇ、し。」
視線の脇で白い外套が倒れた。
そして、そんなアルのもとへ駆け寄ろうとした灰色の外套も、地に伏した。
ああ、全く。
こんなことになるのなら、遺書の一つでもかいておくべきだったか。
遠のく意識の中、微かに何者かの気配を感じた。
我々の誰とも異なる、気配。
目の前に居るように感じる、というのに、姿は一切視認できない。
「そこにいるのは、誰、だ?」
かろうじて放った質問に対し、その何者かはケラケラとわらう。
「私か?まぁ、そうさねぇ。」

「君達の言うところの幽霊ノイズゴースト、ってやつサ!」

(続く)


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