”老後”の年金等を考え、「貧乏暮らしの練習」をする
何歳まで生き、何歳まで仕事をして稼ぐと決めたとき、仕事をやめてから死ぬまでの間にどう生きていくのか、という問題が残る。これまでの日本のモデルケースは、60歳で定年になり、そこから亡くなるまで年金で生活していくというものだった。このモデルケースはこれまで機能していたが、だんだん機能しなくなってきた。
これまでのことを書くと、大きな会社で40年くらい勤め上げてから引退した人については、ほぼ心配することなく年金で生活していけているはず。しかし、それ以外の人で厚生年金などが不十分な人は、「年金だけでは厳しい」という声もよく聞くようになった。ただそれでも、少ない年金で暮らしていく人は多い。
しかしこれからは構造の変化がどんどん進み、今のやり方では「生きていけない」という人が続出するだろう。僕も会社勤め期間は短いし、充分な年金がもらえるかというとそうではない。年金をもらう年齢の人がどんどん増えていき、年金を負担する世代の人たちがどんどん減っていくのだから、今のやり方ではお互いにとって厳しい状況が続いていくことになる。多分僕が70歳になるころには、年金は70歳からもらえるけど、75歳まで伸ばした方が得、みたいな感じになるのではないだろうか。今より10歳遅くなる感じ。
そうなれば自然と、「やっぱり、ずっと働かないとだめだ」ということになるだろう。僕は多分死ぬまで何らかの仕事をしながら生きていくと思うが、そうせざる人も多数になってくるだろう。ただそうなると、そんなに高齢の人が出来る仕事があるのかという疑問が出てくる。確かに仕事自体は少なくなっていくだろう。ただそうなると、生活に掛かるコストも小さくなっていくはずで、人が働いてもらう給料の総額が減る(間違いなく減る)ことも相まって物価は安くなる。贅沢しない生活なら、小さなお金でやっていけるようになるはずだ。
ベーシックインカムなども導入されるかもしれないし、生きていくための最低保証のようなものは確保されるはず。そうなったときのために今から貧乏生活の練習をしておくといいだろう。自分によほどの自信がある人以外は、最低どれだけのコストでやっていけるか、ということを練習して見つけ出しておくことが必要になる。「そんな世界はイヤだ!」という人は、その人なりの能力で抜け出せばいい。
僕はそのような自信があまりないため、「びんぼウ暮らし」の練習をする。