ペヨトル興亡史2−2
ゲンロンカフェに問題の弟が出演していた。朗らかで爽やかな笑顔が印象的な学者だ。これを見てまた落ち込んだりしないかと不安になり、連絡をとった。
電話をして1日後にコールバックがあった。
⚪見た?
⚫何を?
声は沈んでいた。
⚪えっと……。
⚫ああ、弟のことか。大丈夫だよ。見なかったから。精神科医に教わったように、極力離れるように、避けるようにしているから、朗らかな、良い人間らしい顔を見ていると、またどんと堕ちそうになったので、やめたよ。
⚪何かしてるの?ぼーっとして何もしないと危ないよ。
⚫たった今は、やっているから心配しないで。パラボリカ・ビスをやめる前にしかかっていた夜想「山尾悠子」特集のフィニッシュにかかっているところ。もっとも実際には何もしていなくて、作ってもらっている。
⚪どういうこと?
⚫山尾悠子さんの本を作るのに係わった編集者たちが集まって、編集委員会を立ち上げてもう1年もかけて作ってる。で、やっぱりビスを撤退することもあったり、弟に母親と財産の実家の鍵を抑えられている、ストレスからなかなか自分に振り分けられた担当仕事もできなくて、自分の分を落としまくった。唯一やったインタビューもまとめをぐずぐずしていて、みんなに迷惑をかけた。もうほんとにいやんなっちゃう。
⚪……でも仕上がるんでしょ?
⚫うん。すごくできの良い特集になりそうで、自分自身半分ショック、半分誇らしく思う。ショックなのは、自分がやってきた編集というのは、編集じゃなかったし、あんまり効果的じゃなかったということで、松岡正剛さんや戸田ツトムさんが、対談をしたときに、今野君、編集してないの?って飽きれて聞かれたことがあって、自分が夜想という雑誌でやってきた行為は、松岡さんたちが言う、エディトリアルとはまったく異なる、異質のものだったというのがはじめて実感できた。あれっ?何やってきたんだろうと。
で、誇らしいと思うのは、たくさんの編集長をやってきた編集者が集まって、角を突き合わせるわけではなく、それぞれがそれぞれの見方や人脈を使って、そして共同で編み上げる
という前代未聞の作り方をしてくれたということだ。
このあり方というのは、これからの未来に何かの有効な可能性をもっているような気がする。勘だけどね。
そのポジティブな感じで、今は、立っていられる。
⚪いつごろでるの?
⚫3月の……ちょっと分からない。でも出るよ。
⚪それまでは大丈夫という感じ。
⚫うん。オープンでコミュニケーションができるということが良いかな。それがあればどうにか。昔、ポケモンカードに係わったときに、美術とは異なって、製作メンバーはとにかく話をして、議論して、突き詰める。簡単に言うとロジックの0、1のところに落とし込んでおかないと、バグがでる。カードゲームですら、そこを怠るとロックデッキができちゃったりする。なのでとにかく話をする。相手の意見と自分の意見の差を検討する。
喧嘩寸前までいくけど、卓袱台返しはしないし、卓袱台から離れたら、和気あいあいにもなる。美術の卓袱台返しにうんざりしていたので、面白かった。
で、弟は僕とはもともと話をしたがらない人で、入院前にも、母親のこと相談しようよともちかけても、避けるか無視するかで、それはさらに前の父親が入院する時からずっと続いている。
⚪兄弟なのに?
⚫そうだね。今回、母親が入院してから1年半ずっと無視。最近分かったんだけど、現在の法律施行に詳しい専門家をつけて僕に対しているようで(一度だけ裁判所の質問に応じた嘘だらけの調書に、名前入りで司法書士の名が入っていて、その人を後見人につけることを望む、その人とともに現在、財産の処分を検討中とあったので)
⚪財産を処分?兄の今野さんにまったく相談なく。
⚫そうだね、父親が死んでからこっち、まったく弟とはそういったことも含め、話をさせてもらっていないし、弟は上手に、母親に薄く認知が入ったあたりから、細かい作戦で、現在の状況を作り出したのだと思う。
やっていることが酷いというのもあるけど、まずは、いまやっていることに対して、一言も説明しないということ。まぁ、それが作戦なんだけどね。言葉の。たとえば仮に、介護を一手に引き受けているから財産をとった、ということを言えば、その内容について検討するラウンドになるから、ただただ、兄は家を棄てた人間で家を振り返らない。面倒を見ているのは弟たち夫婦だといういう印象を与える嘘の物語というかストーリーが、聞いているひとの頭に植え付けられるように、記述をする。巧みな言い回しで。
どうしてこういうことをしているか?ということの答えは聞いている人の頭に浮かぶようにする。ロジックをからませて答えれば、そこを検討事項になるから。のちのち、証拠をもって検討されるようなことは一切言わない。
どうしてと聞いたロジカルなことに、合わせない。
⚪ふううむ。むずかしい……。
⚫うちの弟は確信犯でボーダーではないけれど、ボーダーの人たちは、どうしてこういうことになるの、と、原因を一つずつ突き詰めている時に、こちらの目を見ながらじっと聞いていて、反応ないなぁ、この言い方じゃ埒が明かないかもと、思った瞬間に、
「ちょっと違う話なんですが、この間の、三上晴子の展覧会の今野さんのディレクション素晴らしかったですよね……」と、切り返す。若い女の子たちはオジサンころがしのテクニックに優れているので、そこを視点にロジックでないやりとに持ち込む。この切り返しをものすごくたくさん体験した。ロジカルな議論がなりたたない。成り立たせない。
で、この究極がスルーという、無視という方法だ。
無視していれば、スルーしていれば問題を提議しているほうは疲弊し傷つく。
一応、夜想という感覚を言葉で論じようとする雑誌を作って、何十年もやってきた自分にとっては、言葉によって無視され続け、一方的に社会が信じられやすい嘘によって印象ずけられ押し込められ、弁護士によっても裁判所に訴えても、まったく、一歩も進展せず、むしろ弟の行為が正当化され、そのまま進行するという状況になってしまうという、この理不尽が自分を落とし込んでいるのだと思う。
実際には、財産と母親を独り占めするためにやっているクールな犯罪行為を達成するための方法なんだろうけど、こちらにとっては、社会的な信用のある、世間に愛されている弟なので、その人間に話す価値がない、無視して当然の人間だと扱われている、その状態が自分を落ち込ませる。
母親は、弟が全財産を管理して、3万円だけのお小遣い(母の金)ことに対して、
「ゆういち、おまえ、真二に言っておくれよ。もう少し、自由にさせてくれてもいいじゃないか」と言っていて、それは何度も弟の妻にも直接言い、弟にもメールしたが、それで充分、何か問題でもという反応だった。それは介護施設に入っても続き、母親は介護施設では手元に一円の現金ももっていない。
介護施設の中でも母親は、弟に言っておくれよと何度も僕に訴えていた(テープに声が残っている)が、そのことの是非はともかくそれがハラスメントとしてやっていることに僕は憤りを感じている。
「何で僕に聞くの?頼むの?弟は僕を無視しているから無理だよ」
と、返すと
「お前は良いんだよ。優しいからね。言えばなんでもやってくれる。真二は昔から怖いところがあってね、言えないんだよ。直接。」
と、話していた。ハラスメントだなと思う。それは僕に対してもだと思う。
弁護士相談で、ハラスメントで訴えられないかと聞いたが、証拠が立証できないから無理だと。ちなみに相続が絡んだ親族のいざこざはやったものがちになる。(結果として)なので、弟は見事にそれを進行していることになる。
母親自体は病院に入る前まで強烈な人で、山田一族の典型の様な人で、100点以外は点じゃないとか、東大以外は大学じゃない的なことは、子供の頃から平気で言ってきた。圧迫的な母親だった。お金を全部管理されて以降、母親は、弟夫婦に気を使い、同じ人なんだろうかと思うくらい、気の弱い人になってしまった。人の言うことは一言も聞かず、一方的に話し続ける母親が、従順になって、いろいろな昔の話や本音の話ができて、それは生まれてはじめてのコミュニケーションなので面白いが、それはハラスメントによって起されたことで、可哀想だと言えば可哀想で、昔みたいにもっと強気になれば……などと……周囲に気をつかいながら、背を丸めている母親に……むしろ最後くらい、穏やかに自由に生きられたら……と、ずっと前からそのことを思っている。
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涙声になっていたので、そこで電話を切った。
夜想がでるころにまた連絡してみようと思う。そこまでは、夜想を編集している人たちのクリエイティブな感覚が、彼を保たせていると思うから。