香る部屋。その窓辺。
■ある春の日
少し前のこと。
車でちょっと行った町に美味しいパン屋さんがある。
海を見ながらドライブしてちょっと高台に行ったそのあたり。
パンも美味しいけれど、そこに行くまでの道のりも好きだ。
ドライブしている道中からもう美味しいと感じる。
でも、そこに行きたいのはパンを買いに行くことだけじゃなくて、もう一つの目的がある。
お店の軒先にはいつも、柑橘類が無人販売で置いてあるのだ。
その柑橘類は無農薬でとても美味しくて、いつもその果物を半分目当てに私は車を走らせる。
ぶううん
空も海も、青い。
気持ちいい。
その日のお目当ての柑橘は、湘南ゴールド。
あるかなあ。
■湘南ゴールドが好き
湘南ゴールドとは、ゴルフボールくらいの大きさの柑橘類で、
味は、レモンから酸っぱさを7割くらい引いてみかんの香りを足したような、そんな感じ。
ガブって食べても美味しいし、皮ごとジャムにしても美味しい。
「かながわブランド」にも選ばれているそう。
この季節の我家の食後のフルーツには欠かせない、大好きな柑橘。
私は以前からずっと、湘南ゴールドの氷砂糖漬けのシロップを作りたいと妄想していて、今年こそは作るんだと決めていた。
「皮に苦味があるから、砂糖漬けよりもそのまま食べるのが一番美味しい。」
そう聞くけれども、でも、氷砂糖漬けのシロップを一度作ってみたい。
だって、作ってみないと分からない。
美味しいかも知れないし。
スパイスを入れてみたらもっと美味しいかも知れないし。
お水や炭酸で割って飲んだら最高に美味しいかも知れないし。
もし作ってみて、それでやっぱりまずかったら、それはしょうがない。
お店に着いて柑橘コーナーに行くと、あった。湘南ゴールド。
わあああ
うれしいいい
チャリンチャリン
思っていた分を購入して、箱に代金を入れる。
湘南ゴールドたくさんと、レモンと、オレンジみたいな柑橘を購入。
全て無農薬。
パンもいろいろ買って、縁側でコーヒーも飲んで、のんびりと満開の椿を見上げた。
春だ。
足元にも、春。
これは何て言う名前の椿だろう。
なんて美しい形をしているんだろう。
お姫様のドレスみたいだなあ。
■おばあさん、若い
両手に湘南ゴールドをぶら下げて車に戻ろうとすると、おばあさんとすれ違う。
「あ、たくさん買ってくれてる。」と、おばあさん。
話を聞くと、この湘南ゴールドは、おばあさんが作っているとのこと。
お店が近くにあったので見せていただくと、建物の中は柑橘の箱が所狭しと山積みになっている。
湘南ゴールド、ゴールデンオレンジなどなど。
そしてびっくりしたことに、おばあさん、御年なんと80才。
この重い柑橘類を、育てて、運んでいるの?おばあさん!
なんてスーパーウーマン!
おばあさんは、食べて欲しいのよおと、これも食べてこれも食べてと、もうびっくりするくらいの柑橘を食べさせて下さった。
どれもジューシーで、薫り高くて、全部持って帰りたいくらい美味しかった。
■香る部屋
家に帰って、早速、湘南ゴールドを洗う。
掘りごたつの上にまな板を敷いて、切る。
部屋が、湘南ゴールドの爽やかな香りに包まれる。
まるごと包まれる。
「いい匂いだね~。」
隣りの部屋にいる夫の嬉しそうな声が聞こえる。
はーーーーーーー気持ちいい
種を一つずつ、爪楊枝で出す。
氷砂糖と、湘南ゴールドを、層にして、置く。
途中、スパイスも、入れてみる。
美味しくなあれ
美味しくなあれ
美味しくなあれ
■待っているからね
昨日、私の住む神奈川県を含めた7都府県に、緊急事態宣言が発令された。
これからはこんなのどかな買い物も、なかなか出来ないだろう。
これが美味しく浸かった頃には、笑顔で外を歩けているだろうか。
思いっきり、写真を撮れているだろうか。
みんなと一緒に、笑っているだろうか。
家族が遊びに来たら、掘りごたつを囲んでのんびり飲みたいなあ。
友達が遊びに来たら、縁側で一緒に飲みたいなあ。
生徒が遊びに来たら、みんなとわいわい一緒に飲みたいなあ。
そんなことを考えながら、漬けた。
鼻の穴を大きく膨らませて、部屋いっぱいに広がる香りを噛み締めながら。
とにかく早く収束しますように。
未来は世界が平和でありますように。
窓辺に置いた浸けた湘南ゴールドの氷砂糖は、もう、1/3くらい溶けて下に溜まっている。
夕日の光を浴びて、キラリと輝いている。
時は進んでいる。
どうか願いが届きますように。
明日が幸せでありますように。
久しぶりにHPをリニューアルしました。多分、10年以上ぶりです。
Instagramにたくさんの写真をアップしています。