2021-7-21
今日から4連休ということもあり、宮崎にも県外から来られる方が多いようだ。
夕方のローカルニュースで、空港で子供や孫を迎えに来ている人たちの様子が映し出される。地方のテレビでは恒例の風景だ。
ただ、コロナ禍ということもありインタビューに答える人たちのコメントがいつもとは少し違う。なんとなく、罪悪感にも似た気持ちをもたれている人が多い。
帰省の際には故郷の私たちのことを考えてくださり、多くの人がそれなりに感染対策やPCR検査もしてくださる。言い訳なんてしなくていいのに、と思う。
逆にこちら側が申し訳ない気持ちになってしまう。
そんな中で、お孫さんを待っていた男性が「コロナ前から会えてなかったし、妻の命日もあって帰ってきてもらった」とインタビューに答えていた。
「そうだよね。それは寂しいよね。」と夫の顔をみたらニヤリと笑っている。
私の命日、孫を迎える夫、を想像しているのは一目瞭然!
「私の命日、って設定でしょ?」といつもこの話題で二人は盛り上がる。
どっちが長生きするかをいつも冗談で話し合う。
「残されたらたまったもんじゃないな」と言いつつも
夫はいつも自分が後に残された、というシチュエーションで話をする。
「私の命日に孫が帰ってくるんだって」
「大きな仏壇でも置いとくよ」
「仏壇は嫌だから、フレームアートがいい、リビングの壁に埋め込んで!」
「わかった、セットをつくって灯りをいれよう」
(写真は夫の作品のひとつ。こんなかんじを希望!)
こんな話をしながら、
結局「孫と一緒に私を偲ぶ夫の絵」が
二人の前に広がっている。
縁起でもない話といえばそうなんだが
なぜかこの話題で二人でいつも盛り上がる。
そして二人とも「自分がきっと後だ」と思っている(笑)
私たちは、今日も平和です。