『大地の五億年』祝重版! 「赤毛のアン」のプリンスエドワード島はなんと土も赤い!? その驚きの理由
河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。
土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がこの度オールカラーになって文庫化されました。
重版を記念して、本書から一部抜粋のうえ掲載します。
テレビで見た「赤い」地面の疑惑
カナダ東海岸には、セントローレンス湾に浮かぶプリンスエドワード島がある。〝Anne of Green Gables〟(1908年 ルーシー・モンゴメリー作)、日本で有名になった『赤毛のアン』の舞台である。
孤児院から手違いでやってきた少女アンが、温かな家族や友人に恵まれ、夢と希望を持って生きていく、という話だ。全巻読んでいなくても、赤い髪を「ニンジン」とからかわれたアンがギルバート(後の結婚相手)の頭を黒板で叩き、まっぷたつに(頭ではなく黒板を)割るシーンは有名だ。
問題は、ストーリーに関わることもない赤い地面である。プリンスエドワード島を舞台とするテレビドラマ版『赤毛のアン』(1985年)や、姉妹作『アボンリーへの道』(1990年)の映像を見ると、私には気になって仕方のないことがある。島の地面が赤いのだ。
アンの髪は赤みがかったブロンドにすぎないが、地面は真っ赤である。赤い色は、「ヘマタイト」と呼ばれる鉄酸化物(鉄さび)によるものであり、赤い土は熱帯地域に多い。カナダにはないはずだ。アンも物語の中で、「どうしてこんなに道の土が赤いのか?」と疑問を投げかけている。
これは作者のモンゴメリー自身の素朴な疑問だっただろう。
1908年当時、充分な説明は存在しなかった。
この謎には、大陸移動が関わっている。
プリンスエドワード島の意外な歴史
実は4億年前、プリンスエドワード島は南半球の赤道近くに位置していた。熱帯環境を経験していたのだ。そのときに、赤い鉄酸化物を多く含む熱帯土壌が生成され、赤い砂岩としてプリンスエドワード島に堆積した。
その後、赤道を渡り、2億年ほどかけて現在の位置まで移動したのだった。赤い岩からできた土はやっぱり赤かった―これがアンの問いへの答えとなる。赤い土は少女と大陸移動のドラマを今に伝えている。
大陸移動は、大陸を乗せたプレート自体が動くというプレートテクトニクス理論によって説明されている。これは、プリンスエドワード島に限った話ではない。私たち日本人は、このプレートのダイナミズムを地震として体感している。
地質から大陸移動を見る
現在の世界地図を見ると、南米アマゾンとアフリカ中央部のコンゴ盆地には、同じ種類の土が分布している。これも偶然ではない。
この土は、オキシソルと呼ばれ、やはり鉄酸化物を多く含むために鮮やかな赤色や黄色をしている。風化によって養分が少なくなった、熱帯地域に特有の土である。ただし、同じ熱帯といえども、地質年代の若い東南アジアには少ない。
南米大陸と中央アフリカは、古い地質(20億年以上前の安定陸塊〔あんていりくかい〕)において土壌がつくられ、強い風化を受けている点でも共通しているのだ。赤い土だけでなく、平らな地形や、植物化石の分布にも共通するものが多い。なぜだろうか?
実は、このふたつの大陸はもともと繫(つな)がったひとつの大陸だったのだ。超大陸ゴンドワナである。
現在の地球儀からはにわかには信じられないが、数億年前の世界は、南米・アフリカ・南極・オーストラリア・インド・マダガスカルを含んだゴンドワナ大陸、ユーラシア・北米・グリーンランドからなるローラシア大陸というふたつの超大陸から成っていた。数億年かけて今の位置まで動いたのだ。